収穫50%増!多収イネの遺伝子を突き止めた

日本のコメが世界の食糧危機を救う(前篇)

2011.05.20(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 日本の食文化のみならず、日本の社会そのものをつくってきたのが、日本人の主食「コメ」だ。日本における稲作の歴史は5000年以上にもなる。

 戦後、日本のイネに品種改良の技術が導入され、コメ作りは進化を遂げてきた。さらに21世紀、イネゲノムが完全解読され、遺伝子を特定して生かす時代を迎えた。

 そうした中で今、昭和の一時代を築いた日本発のイネが、世界の食糧危機を救おうとしているという。そのイネには「収量増」という新しい力が注入された。

 日本では紀元前3500年ごろから稲作が行われてきたという。大陸から日本に入ってきた数多くのものの中でも、コメほど定着したものはないだろう。

 日本のコメはインドや中国南部で育てられていたものが伝わってきたとされており、その経路には諸説ある。

 長江沿いに東に進み、朝鮮半島を経て西日本へ伝わったとする説。対馬を越えて九州へ届いたとする説。台湾から沖縄を経てやって来たとする説。朝鮮半島から北日本の日本海側へ伝わったとする説、などだ。複数の経路をたどったことも考えられる。

 日本に来たイネは、モンスーン地帯に位置する高温多湿な日本の風土に合っていた。梅雨があるために水稲栽培をすることができる。水稲は、畑で栽培する陸稲と違って、毎年同じ作物を育てる連作が可能なため、狭い国土で多くの人々を養うのにも見合った。

 湿潤な日本の風土でコメは育てられ、広まった。それは日本全土に普及する地域的な広まりのみならず、コメを中心とした村づくり、食文化、年貢制度など、文化的な広まりも含まれる。

 コメが日本をつくってきたわけだ。

日本で「忘れられた」コメに世界が注目

 昭和以降、日本のコメ作りの技術は進化を遂げた。人工交配による品種改良がなされるようになったからだ。

 雄しべを除いたイネの雌しべに、異なる種類のイネの花粉をふりかけ、この2種類のイネの間にできる次世代を作り出す。これが人工交配だ。両親それぞれの特徴を次世代に持たせることで、「おいしい」「水害に強い」「害虫に強い」などの特徴を顕著にさせていく。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


農業の進む道

就業者の高齢化と減少、国際競争力の欠如など、様々な問題を抱える日本の農業。農業改革が遅々として進まないのはなぜか。農業を覆う問題の構造を明らかにし、あらゆる方面から日本の農業を活性化する方策を探る。