この春、「これから何者にでもなれる」と自分自身に無限の可能性を抱き、新たな目標に向かってスタートを切った人も多いのではないでしょうか。

 しかし遺伝子によって可能性はあらかじめ決まっています。遺伝とはそれほど人生に影響を及ぼすものなのです。

 では私たちは自分の人生をどう捉えたらいいのか。

 行動遺伝学者である安藤寿康氏が「遺伝」がわれわれの人生に与える影響について解説したコンテンツ(書籍『子どもにとって親ガチャとは』(シンクロナス新書))より「環境と遺伝」の関係を全三回でご紹介します。(第二回)

オイディプス王の予言の話

 ギリシャ悲劇の傑作にソポクレス(紀元前497~406頃)の『オイディプス王』という作品があります。

 テーバイという国の王・ラーイオスが、いずれは子どもに殺されるという予言を受けて生まれたばかりの息子の殺害を命じますが、息子は生き延びます。そしてその子・オイディプスは父親と知らないまま予言通りにラーイオスを殺し、その后であり実母であるイオカステを知らぬままに妻に娶ってテーバイの王として君臨します。国は乱れ、先代王の殺害犯が災いをもたらしているとの神託を受けたオイディプスは捜査を開始します。そして、その殺害犯こそは自分自身だったことを知る、という物語です。

 私の知人であるユリア・コバスというイギリスの遺伝学研究者が2021年に『Oedipus Rex in the Genomic Era』(ゲノム時代のオイディプス物語)という本を出しました。ゲノムとは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を合成した用語で、DNAのすべての遺伝情報のことを指します。

 そして、『Oedipus Rex in the Genomic Era』では、遺伝子を調べることによって人それぞれの人生を予測するということも可能になった、ということが明らかにされています。

 多数の遺伝子、正確には遺伝子を構成しているDNA塩基配を何百万人の人の何百万箇所について調べると、個人の体質や病気へのかかりやすさの遺伝的可能性を得点化することができます。これを「ポリジェニックスコア」といい、このポリジェニックスコアを使って病気や体質だけでなく学歴に関しても、この人はどのレベルまで行くかということが、実際にある程度予測できてしまうようになりました。