ヒゲの進化に女性が大きな影響を与えた?

 この難問を解くために、ダーウィンはまた別の進化の過程をもち出した。獲得形質の遺伝である。ダーウィンよりも前にジャン・バティスト・ラマルクは、ある種が新しくえた特質を子孫に渡していくことによって、時間とともに変化すると論じた。

 たとえば、もしもキリンが樹上にある食べものにありつこうと一生ずっと首を伸ばしていたら、より長い首の子孫が生まれるだろう。獲得形質の遺伝はダーウィンの理論に反するとして多くの教師や教授が退けるかもしれないが、ダーウィンは『人間の由来』のなかでこの原理を何度も引き合いに出し、ヒゲの問題のなかでも言及した。

 望まれていない顔の毛を容赦なく引き抜く人たちについての人類学の観察に注目し、さらに、手術による動物の変化が次の世代に受け渡される可能性を示すようにみえる(きわめて疑わしい)実験を参照して、次のように結論づけた。

「毛を根絶しようという長期にわたる習慣が遺伝の効果をつくり出した可能性もある」

 言い換えれば、顔の毛を切ったり抜いたりした男たちには、顔の毛が大人よりも少ない男の子ができるかもしれない、ということになる。その結果、性選択によって開始された過程を獲得形質の遺伝が完成させて、立派な厚いヒゲをもつ男性の集団と、ほとんどもたない集団が残された。

 この分析では、ヒゲの進化に女性がとても大きな影響を与えたことになる。女性は自分の好みに従ってヒゲ面の男やヒゲのない男を選び、男性はそれに合わせて毛を抜き、それが今度は生理学上の永続的な変化を引き起こした、というのである。