ヒゲは女性を惹きつけるための装飾?

 進化論者はヒゲの起源について思案してきた。それはチャールズ・ダーウィン自身から始まった。

チャールズ・ダーウィン 出所:『ヒゲの文化史:男性性/男らしさのシンボルはいかにして生まれたか』(クリストファー・オールドストーン=ムーア著、渡邊昭子・小野綾香訳、ミネルヴァ書房)

 ダーウィンは『人間の由来』(1971年)のなかで性選択の過程を記した。それは、人間の進化の過程をつくり出すときに、自然選択と対になって機能する。自然選択は、生存と生殖の機会を高める特質を個体に与えることによって種を変化させる。

 しかしながら、生殖の場合には異なる選択のレベルが存在する。個体は、性のパートナーに好まれるように種のなかで互いに争うのだ。この競争の目的から、動物は多くの二次的な性的特徴を進化させた。そうダーウィンは判断した。

 たとえば性のライバルに勝つための武器としての角や牙、将来の相手を引きつける装飾としての色鮮やかな毛や羽である。より魅力的な装飾を身にまとっていたりより強い武器をもつ個体は、自己の再生産に成功し、その特徴を遺伝させていく。

 ダーウィンは、人間のヒゲを装飾のカテゴリーに分類し、それが女性を引きつける力をもつと想像した。その論理によると、何千年にもわたってヒゲのある男性がなめらかな肌のライバルよりも生殖に成功したために、人間のヒゲは現在のかたちに進化したのである。つまり、先史時代の女性がヒゲを好んだために、現在の男性にヒゲが生えているのだ。

 しかし、ダーウィンは、この考えに一つ問題があることに気がついた。同時代の人類学者は、男性のヒゲが多いか少ないかは人間の個体群の間で大きく異なることを報告していた。

 たとえば、アメリカ先住民にはほとんど生えないと信じられていた。ある特定の場所では先祖となる女性たちがヒゲを好まなかったので、その偏見のためにヒゲを選ばなかったのだろう、とダーウィンは推測した。つまりヒゲは、それを実際に装飾だと考える人々の間でしか装飾として機能しない。