筆者は福岡県在住で、太宰府天満宮にはたびたびお参りする。その御神域に仮殿を建てると聞いたときは「そんなスペースがあっただろうか」と疑問に思った。太宰府天満宮の境内は広いが、御本殿のある楼門内は、天神様が身近に感じられるような、比較的小さな空間だからだ。

 しかし、実際に仮殿が完成してみると、楼門内はむしろ広くなったようにさえ感じられた。以前から太宰府天満宮を知る者として、この絶妙のスケール感が、最初の感動ポイントだった。建築家ってすごい。

杜や山の豊かな緑と響き合う

 内外からの参拝者で賑わう参道を抜け、太宰府天満宮の境内に入ると、まず心字池にかかる3連の太鼓橋を渡ることになる。行く手に現れるのは壮麗な楼門。そして今、その楼門の向こうには、御本殿の屋根の代わりに、緑の森が浮かんで見える。なんとも不思議な光景だ。

楼門越しに見る仮殿。門の朱と樹木の緑が鮮やかなコントラストを成す楼門越しに見る仮殿。門の朱と樹木の緑が鮮やかなコントラストを成す

 近年、建築に木を植えることは、そんなに珍しいことではない。福岡ならば市街地の真ん中に、木々が生い茂る「アクロス福岡」、通称「アクロス山」がある。「仮殿」の設計者である藤本壮介氏の作品にも「白井屋ホテル」(群馬県前橋市)をはじめ、緑と渾然となった建築はある。

天神中央公園から見た複合施設「アクロス福岡」(福岡県福岡市)。1995年の完成以来約30年の歳月を経て、すっかり自然の山のようになった天神中央公園から見た複合施設「アクロス福岡」(福岡県福岡市)。1995年の完成以来約30年の歳月を経て、すっかり自然の山のようになった

 それでも太宰府天満宮の仮殿が特別なのは、前述のスケール感と浮遊感、そして何より、境内の豊かな杜(もり)との呼応ゆえだ。

2023年12月の仮殿。常緑樹が多いので冬も緑が絶えない。改修工事のための素屋根に覆われた御本殿を背に、周囲の木々とつながる2023年12月の仮殿。常緑樹が多いので冬も緑が絶えない。改修工事のための素屋根に覆われた御本殿を背に、周囲の木々とつながる

 ゆるやかな弧を描く軒先は、手前がぐっと低く抑えられ、奥に向かってせり上がる。軒の低さと木の高さの対比が、独特の浮遊感をつくりだす。加えてその軒先の薄さ。わずか12センチしかないという。いったいどこから木が生えているのか。