林野氏への感謝は決して忘れない、だが…

 セゾン投信の資産運用残高、6000億円という数字は、林野氏にとって満足のいくものではなかったようです。SBI証券などの投資信託残高と比較し、5兆円、10兆円という数字を常に口にしていました。

 もちろん私も、徐々に1兆円を超えるような規模に拡大していく考えはありました。しかし、急いで目指すつもりも、そもそも数値目標を掲げたこともありません。なぜなら、規模を追い求めたら、私が理想とする資産運用はできないと考えているからです。

 証券会社などの金融機関は株式や投資信託の販売手数料で稼ぎます。一方、資産運用会社は大切なお金を自ら預かり、運用するのが仕事です。そこには極めて重い受託者責任があります。

 特に、直販の場合は個人投資家の皆さんから直接、お金を預かります。ノルマのような数値目標を掲げた規模拡大と顧客本位の姿勢は絶対に両立できません。今では金融業界全体でも、かつて拡大主義に走り信頼を失った教訓から、残高の拡大を目標に掲げるようなことははばかられるようになっています。

 当初、林野氏は私を全面的にサポートしてくれていました。事業のアイデアをつづった私の手紙を読み、「おもしろい」とわざわざ電話をかけてきてセゾン投信の設立を後押ししてくれました。赤字が続いていた苦しい時期に、クレディセゾンが増資を引き受けるようにしてくれたのも林野氏です。既存の金融業界のおかしな慣習を正そうという志に共感してくれていたのは確かでしょう。この恩は決して忘れていません。今でも心から感謝しています。

 セゾン投信は林野氏の専権会社のような存在で、他に口を出す人はほとんどいませんでした。林野氏からはセゾン投信への格別の思い入れが伝わってきました。半面、しばしば会話がうまく噛み合わないことがあり、直販を中心とした長期・積立・分散投資というビジネスモデルをどこまで理解してくれているのか、次第に不安は募っていきました。