退任回避策に奔走、だが時間切れに

 林野氏との会話は15分ほどで終わりました。それ以来、一言も話していません。私は動揺を抑えきれず、部屋を出るとある人に電話をしました。創業時から私を全面的にサポートしてくださっているアドバイザーの房前督明氏です。

 房前氏は、かつて私が直販スタイルの運用会社を立ち上げたいと相談した際、「無謀だからやめろ」と諭してくれた人物です。当時、投資信託の販売を担っていた一部の金融機関が、販売手数料を稼ぐために短期的な買い替え、いわゆる「回転売買」を顧客に促して問題となっていました。それでは長期投資はままならず、顧客本位の資産運用とはとても言えません。販売手数料を得ずに、投資家と運用方針の共有もしやすい直販スタイルは譲れないビジネスモデルでした。

 房前氏は日本で最初の独立系直販スタイルの投信会社、さわかみ投信の立ち上げにも関わっていました。その経験から、業界の慣習に挑む事業を立ち上げるのがいかに大変かを知っていました。それでも最終的には私の熱意を受け止め、苦労を共にしてくれた恩人です。

 房前氏に状況を説明し、午後2時ごろからカフェ「プロント」でビールを飲み始めました。お酒でも飲まなければ心を落ち着けられませんでした。まだ本気でセゾン投信から放逐されるとは思っておらず、最悪の事態を回避する策はないかと作戦を練りました。

 クレディセゾンはセゾン投信の6割の株式を保有しており、絶対的な支配権を持っています。それでも、残りの4割を握る日本郵便から働きかけてもらえば、翻意させることができるのではないか。クレディセゾンが持つ6割の株式を買い取ってくれる会社を探せばいいのではないか。様々なアイデアを巡らせました。

 クレジットカード事業を主力とするクレディセゾンにとって、セゾン投信は中核事業ではありません。プレミアムを払って株式を買い取りたいという会社は実際にありました。セゾン投信の売却はクレディセゾンの株主にとって合理的な経営判断となるはずです。

※クレディセゾンは「(セゾン投信は)お客様の資産形成をサポートするという点で重要なグループ企業の一つ」としている

 しかし、時間が足りなかったことなどから、どれも思うように実現しませんでした。5月31日のセゾン投信の取締役会で退任が決まり、打開策を見いだせぬまま6月28日の株主総会を迎え、会社を去りました。