変わっていない人権無視の価値観

 この事件は、極めて特殊でなケースである、というわけではない。むしろ、中国のひと昔前の貧困な農村の日常であった。

 2007年に一部で高評価を受けた「盲山」(李楊監督)という社会派映画がある。90年代の中国で実際にあった女性人身売買事件をもとにしたストーリーだが、この「董家の鎖につながれた女性」の境遇はこの映画を想起させた。

 ストーリーはこうだ。女子大生が卒業間際に、人身売買ブローカーに騙されて旅行に行った先の山村に売り飛ばされる。睡眠薬を飲まされて目覚めたとき、親切に対応してくれた農民の老夫婦からお前は息子の嫁として7000元で買われたのだと伝えられる。監禁され暴行され、何度も逃亡を企てては失敗し、ついに子供も産まされる。隣人の村人も村の役人も警察も、みなグルで、彼女は果たして無事に逃げ切れるか、というサスペンス仕立ての映画だった。

 この映画のモデルになった事件では、売られた嫁は確か報復殺人(未遂)を犯し、一審で死刑判決を受けた。映画よりも現実の方が過激で暴力的だ。この映画が社会派映画として高評価を受けたのは、貧困農村ではよくあることとされていた「嫁買い」や、家庭内レイプ、嫁を人間扱いせずに跡取り息子を生むための道具として扱う非道さを、「農村側の道理」を解き明かしながら、きちんと告発したからだった。

 1970年代から2015年まで続いた一人っ子政策の弊害の1つとして、女性と男性の結婚適齢期人口比が大きく崩れている。目下の人口動態調査によれば、20~40歳の年では、男性が女性より1750万人多い。これでもずいぶん男女人口格差は縮小されてきたほうだ。

 宗族的価値観の強い農村部では、どうしても男児の跡取りが欲しいと望む家庭が多く、いつまでたっても結婚できない息子の嫁を「買う」ことは悪事だという概念すらなかった。むしろ跡継ぎが生まれないことの方が不名誉なのだ。逆に、女性は軽んじられ、嫁は男児を生むための道具扱いされ、男児を生まなければ、さげすまれ家庭から追い出されるといった話も珍しくなかった。求められずに生まれた女児も大切にされず、間引きされたり売られたりすることもあった。

 新中国建国前の農村地域ではもともと「童養媳」という、女児を嫁として買う風習があった。女児を穀物や家畜などと交換して、育て、労働力として使いながら、成人したのちは、その家の男児と結婚させる。延慶の農村に、童養媳だった老女のインタビューに行ったこともある。今の延慶は冬季五輪のアルペンスキー競技場があり、温泉やウィンタースポーツの観光地として開発されて、そんな貧困農村があったと言っても信じる人の方が少ないかもしれない。

 2021年に絶対貧困人口はゼロになったと宣言されたのだから、さすがに、かつての中国の農村で垣間見たような過酷な「家畜のような嫁」問題はもうなくなったと思っていた。だが、まだあることが、今回ネット上の動画で明らかになった。しかも江蘇省徐州という、そこそこ豊かな地域で。ならば、より貧困であろう東北や西北部、西南部にはもっと過酷な事例がまだまだあるのではないか。

 監視カメラ網が張り巡らされ、悪人は逃げ切ることができない高次元の監視社会を実現し、ビッグデータやAIなど最先端分野で日本を含めた西側先進国を凌駕するハイテク国家だと思われている中国だが、一方で、この20年、40年ほとんど変わっていない差別や人権無視の価値観がある。いや、人権問題に関しては悪化しているともいえる。

 そういう中国が五輪を開催する意義があるとしたら、五輪を機に中国を訪れる世界のメディアが中国の陰の部分も歩き回り、その目で中国の今の実像をとらえて、発信することであろう。だが、残念ながら今回の五輪取材では、そんなことは期待できない。それは新型コロナ感染のせいだけではないのは言うまでもない。