彼らは演奏が終了すると、「李雲迪はこの10年、一体何をやっていたのか」と酷評しまくった。それでも本人と対面すると、形式的な挨拶を交わしていた。私も混じって李雲迪に挨拶したが、二つのことを発見した。一つは、顔に似合わず(?)ものすごく訛った中国語を話すこと。もう一つは、ポッコリ腹が出ていたことだ。「これでは中国のキムタクとは言えないな」と思った。

 だがその後も、李雲迪は中国と日本で、別格の人気を誇った。私は2012年に日本に戻ったが、しばらくしてとある地方都市に出張に行ったら、市民ホールに「本日、ユンディ・リー来たる!」と巨大な看板が出ていて驚いた記憶がある。日本で「ドサ回り」をこなしていたのだ。

一瞬ですべてを失う

 中国でも人気は衰えず、ローレックス、B&O、GEORGIA、カサディ、サムスン、日産自動車、トヨタ自動車、京東、金科など、数多くの有名企業のブランドのイメージ・キャラクターを務めていた。これらも今回の一件で、水泡に帰してしまった。

 中国演出業協会も10月22日、李雲迪の除名要求声明を出した。除名されれば事実上、中国国内で演奏活動ができなくなり、ピアニストとしての生命を絶たれることになる。

 この一件に関する中国のニュースの中で、私が何より哀しかったのは、81歳になる恩師・但昭義教授のコメントだ。

「とても腹が立っているし、心が痛むよ。李雲迪は公人であり、各方面に厳格な行動が求められる。こんな大きな過ちを犯してはいけないよ・・・」

 思えば、21年前の「夢」が、一中国人青年の運命を変えた。そして、いままた一瞬の「悪夢」が、運命を暗転させてしまった。まだ人生半ばであり、十指の鍛錬を積み重ねてほしいものだ。