巨万の富を得た経営者が聖人君子であれば習近平の口から「共同富裕」などといった言葉が発せられることはなかったであろう。だが、バブルで巨万の富を得たほとんどの人物は聖人君子ではなかった。

 昨今、中国の富裕層の間で最も注目を集めているキーワードは「愛人」だそうだ。まあ中国だけではないと思うが、短時間で巨万の富を得た人物は、得てして愛人をつくる。中国文明には愛人をたくさん持つことが成功の証であるとの伝統があるようで、考えられないような数の愛人をつくるケースが後を絶たない。

 この1月、金融関連国営企業のトップであった頼小民に対して死刑が言い渡された。罪状は巨額の汚職である。中国では死刑判決が出ても執行が猶予され実質的には無期懲役となるケースが多いが、頼小民は、判決後にそれほど時間をおくことなく刑が執行された。頼小民は愛人が100人もいたと噂されていた。この話に象徴されるような社会状況は中国社会に暗い影を落としており、習近平が「共同富裕」を言い出さざるを得ないような状況を作り出してしまった。

愛人が100人いたといわれる、中国の金融関連国営企業のトップだった頼小民(写真:新華社/アフロ)

 知人は、富裕層の抱える愛人が社会問題にまでなった理由は、宅配ビジネスが急速に普及したためだと言う。中国は古来より格差社会である。格差は今に始まったことではない。しかし、宅配ビジネスが流行するまで格差は隠蔽されていた。庶民は富裕層が住む地域にめったに足を踏み入れない。また訪れたとしても遠くから豪邸を眺めるだけだった。そのような状況では庶民が格差を実感することは難しい。

 しかし宅配サービスが普及したために、配達人が富裕層の住むマンションのドアの前まで行くことになった。ドア越しに内部を覗き見ることもある。すると、愛人。ネット社会になって富裕層の愛人が配達人の目に触れる社会が出現した。

 知人によると、中国で愛人になるような人物は美人ではあるが倫理観に欠け、かつ勤勉ではないことが多い。そんな人物は料理も苦手だ。多数の愛人を抱える主人はめったにマンションに顔を出さない。そこに新型コロナとネット社会がやってきた。ネットで注文すれば、いつでも豪華な料理を食べることができる。彼女らは豪華な宅配料理の常連になった。そして料理を届ける人々に接して、傲慢な態度をとっている。それが良い評判につながるわけはない。

「あの豪華マンションに住む女はいつも豪勢な料理を注文する。受け取りの態度も横柄だ。服装もだらしない」──そんな噂が配達人たちの間に急速に広がっていった。ネット宅配サービスによって、庶民が富裕層の生活を直接垣間見る時代が訪れた。少し前にはやった日本のテレビドラマではないが、中国版の「家政婦は見た」である。