方向性を決定づけた1枚の写真

──大きな方向性としては、元の自然の状態に戻す、本来の地形を生かす、ということですね。

谷根 はい。開発する方向じゃなくて、少し矛を収める方向。もちろん今から既存の建物をきれいにしたり、新しい店を誘致したりはしますが、基本的には、今までやってきた開発をいったん取り除いて戻すという方向です。日本の一般的な観光地再生とは逆のパターンですね。日本では珍しい再整備なのではないかと思います。

──あえて後退していくと。

谷根 けれども、それは進化するための後退なんです。ただ戻っていくんじゃなくて実際は前に進んでいく。“ザ・日本型の観光地”を元に戻しながら、さらに魅力的に進化させていくということです。ちょっと抽象的ですけど、観光地のマインドのレベルを高めると言いますか。

──日本の観光地の流れに抗う再整備ですね。あらゆる観光地再生のモデルケースになるかもしれません。

谷根 そうなりたいと願っています。みんなに見に来ていただきたいですね。「東尋坊を1回見ていきね。あの観光地がこれだけ変わったよ」と。こういう発想でリピーターを増やそうとするところは、あまり他にはないと思いますので。

──谷根さんも、そういう方向性がいいと考えていましたか。

谷根 私自身、これからの観光地は、あまり華美にする方向性じゃないなと思っていました。自然なら自然、古い建物なら古い建物を純粋に楽しむのがたぶん観光の本質なのかなと。少しでもそういう姿に近づけたいと強く思っています。

──再整備の方向性や内容を検討委員会で検討したとのことですが、スムーズに決まったのでしょうか。

谷根 実は当初は環境共生をうたいながら、“戻す”のではなくちょっと“付け足す”方向だったんです。駐車場を舗装し直したり、大きな橋を造ったりする計画がありました。それについて、私は少しもやもやした気持ちがありました。

──それがなぜ“戻す”方向になったのでしょうか。

谷根 あるとき、検討委員会委員長の下川さん(福井工業大学工学部建築土木工学科の下川勇教授)がどこかで東尋坊の昔の航空写真を見つけてきたんです(下の写真)。戦後間もない頃のその写真を見ると、現在は商店街になっている道が真ん中にぽつんと1本だけあって、それ以外は何もない。岩場に出るための、舗装していないその道が1本あるだけで、ほかは自然のままなんです。

1948年に撮影された東尋坊の航空写真

 この写真を見つけてから、みんなの気持ちが大きく変わりました。やはりこれが東尋坊の本当の良さなのではないか、今の計画は方向性が違うんじゃないか、と。本来の東尋坊に近づけようということで、方向性を一気にシフトしました。この写真の発見は、再整備計画に大きな影響を与える出来事でした。

──谷根さんの心のもやもやが晴れた。

谷根 これですっきりしました(笑)。

──思想があるというか、志の高い再整備ですね。

谷根 そうですね。少し大げさに言うと、100年後の東尋坊の姿を見据えた再整備計画です。

──歴史に残りますね、これは。

谷根 はい。それぐらいの気構えでやっています。

地元から愛される観光地に

 こうして東尋坊では、類例のない、きわめて挑戦的な再整備プロジェクトがスタートした。だがプロジェクトはまだ構想段階。実際の工事はこれからである。この先、さまざまな課題やハードルが待ち受ける。