出産後の母親は、まさにこの「極度の不眠」状態に置かれる。出産前の病院からの説明では、産後の赤ちゃんには、3時間おきの授乳が必要だという指導を受ける。しかし、赤ちゃんの首がすわるようになるまでの期間、極度の不眠、孤独、精神面・体力面の疲労困憊が起き得ることの説明はなされることがあまりないようだ。その時期を乗り越えるには、配偶者や周囲の協力が欠かせないことの説明も受けない。

「出産後がこんなに大変なんて聞いてなかった」の悲鳴

 私のもとには、「出産後がこんなに大変なことになるなんて、聞いていなかった」という母親の悲鳴が多数寄せられる。出産自体が生死を分ける大変なことでもあり、その話はみなさんよく聞かされている。しかし、産後の育児の大変さは、これまであまりクローズアップされていなかった。

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 なぜ、産後の大変さがこれまで十分に言語化されていなかったのか。どうやら、「不眠がきつすぎて記憶がない」のが大きな原因であるようだ。産後の子育てが本当に苦しかった、ということを物語る女性でも、「大変だった期間の記憶がない」という。記憶がない以上、言語化が難しい。言語化されないと、私たちは問題意識を共有できない。社会全体で、出産後に始まる「不眠」の問題を共有できなかったのは、そのためだろう。

 最近は、乳幼児期の育児で極端な不眠に陥ることがある(これは母親の個性や子どもの個性によってまちまちなので、絶対ではない)という実情を、自ら発信する優れた書き手がたくさん現れて、「乳幼児期育児の不眠」がかなりクローズアップされてきたように思う。筆者は男性なので当然ながら母親としての当事者体験はない。嫁さんが不眠で苦しんでいるのを、なんとか助けてやれないかと手をこまねいていたという情けない状態だった。「あなたまで倒れたらいざというとき困る」という理由で、嫁さんは私に負担をなるべくかけまいとしてくれたからだ。私はパートナーとして、嫁さんの苦境に十分な助けにならなかったので、偉そうにはまったくできない。嫁さんの実家などの助けがあって、なんとかやってこられた。

 私ができることと言えば、嫁さんの経験を、無駄にしたくないということ。同じ苦しみを、あるいはもっと大変な苦しみを味わっている母親は多いはず。もしそうだとしたら、精神面、肉体面の両面で健康を害し、それによって悲しい事件が起きている可能性があるかも、ということは容易に想像できた。

 マウスが眠ろうとするのを徹底して邪魔すると、マウスは死んでしまうという。睡眠はそのくらい、我々哺乳類には必須の要素だ。その睡眠が極度に欠乏すると、精神的にだけでなく、肉体的にもボロボロになってしまう。