ニンジンを差し出しただけでは、思うように動かない。

(篠原 信:農業研究者)

「馬の鼻先にニンジン」なんて言葉がある。馬の前にニンジンをぶら下げたら、それを食べようと馬は全速力で走り出すという、マンガやアニメでよくみるシーンだ。

 人間でも同じように考え、高給で釣れば優秀な人材はいくらでも集められるし、モチベーションをいくらでも上げることは可能だ、ということを主張する人も結構いる。

 しかし実際には、馬は賢い生き物だ。「走ることとニンジンを食べることは別」だとすぐ気づき、ニンジンを上手に食べるための工夫をするようにはなっても、走ろうとはしないだろう。

高給というプレッシャー

 では人間はどうだろう。高給を示されれば、モチベーションはいやが上にも向上して、バリバリ働くようになるのだろうか。

 実際には、逆になることが結構あるようだ。この人は優秀な人材だと考え、高給を示し、さあバリバリ働いてもらおうとすると、期待したより働きが悪い。いや、期待どころか、普通に考えても働きが悪い。「せっかく高給を支払っているのに、なんで働かないんだよ!」とイライラ。そうこうするうちに会社に来なくなって、退職されてしまった、という話はビジネス界では結構あるようだ。

 ではなぜ、高給を支払ったのに働かなくなるのだろうか。理由は人それぞれかもしれないが、筆者の知っている事例では、「不安」になるからのようだ。

 高給を示されると、期待の高さが分かる。しかし働く側としては、その期待に見合う結果を出せるかどうか、不安。ビジネスは、未知のこと、儲かるかどうか分からないことへのチャレンジの側面が強い。うまくいくかどうか分からないのに期待値が高いと、不安が強くなる。「果たして、期待通りの成果を出せるだろうか?」と。

 不安になると、気が重くなる。気が重くなると、仕事が面白くなくなる。仕事が面白くないと、手につかなくなる。手につかないと、工夫をしなくなる。工夫をしないと、時間つぶしのような仕事になる。そんな働き振りをしている自分が嫌になる。自己嫌悪がさらにやる気を奪い、ついに会社に出社すること自体が気重になる。結果、会社に顔を出すのも億劫になる。