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(文:首藤 淳哉)

 自分が体験したことがないことを想像するのは難しい。かつて我が身に降りかかってきたことや、常日頃から感じていることなどをもとに他者に共感することはできるが、体験したことがなく、ましてや関心すら持ったことがないことについては、なかなかイメージすることができない。

 だが本書はあなたに驚くべき体験をもたらすだろう。この本を読み終えたあとは、世界の見え方が変わるはずだ。これまで見えなかったものが見えるようになり、気がつかなかった人々の存在に気づくことができるようになるはずだ。

 あなたがこれまで想像もできなかったこと。それは、世の中にはうまく言葉を発することができない人がいる、ということだ。耳は聞こえ、声を出すこともできるのに、言葉が詰まってしまい、なめらかにつなげていくことができない人々のことである。「吃音」(きつおん)と呼ばれる症状だ。

 吃音を発症するのは、幼少期の子どもの約5%、およそ20人に1人と言われる。このうち8割くらいは成長とともに自然に消えるが、それ以外は大人になっても残る。日本では100万人ほどが吃音の問題を抱えているとみられる。

 本書は、自らも吃音に悩んだ経験を持つ著者が、同じ問題を抱えるたくさんの人々が懸命に発した“言葉”に丹念に耳を傾けたノンフィクション。当事者のデリケートな内面が繊細な手つきで掬い上げられ、誠実にまとめられた一冊だ。

 多くの人は吃音の問題を軽く考えがちである。「緊張して上手く話せないことは自分にもある」とか「誰だって話していて噛むことがある」などというように、日常でよくある場面と結びつけてとらえがちだ。だが吃音はそういうものとはまったく違う。

「鍵がかかったドアを必死に開けようと」

 ある言葉を言おうとすると突然、喉や口元が硬直し、どうしても動かなくなってしまう。その結果、「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは」のように繰り返す「連発」や、「ぼーーーくは」などと伸ばす「伸発」、「……(ぼ)くは」のように出だしの音が欠けてしまう「難発」といった、さまざまな症状となって現れる。