中国の立場で考えれば、東シナ海で軍事衝突が起きた場合の相手は日本と米国である。中国の軍事行動が一線を越えた場合、米国は絶対に看過することはない。日米との紛争には世界的な戦争にエスカレートする要素が含まれているから、事態の展開によっては中国に進出している国際資本が逃げ出してしまいかねない。これは中国がもっとも怖れる「天安門事件」という悪夢の再来である。
そして2回目のレーダー照射事件の直後、人民解放軍内部の対日強硬論にクギを刺すかのように、共産党最上層部から戒めの言葉が繰り返された。その理由もまた、中国の立場にならないと理解できないことだろう。
対日強硬論を戒めた劉少奇の息子
対日強硬論を戒めたのは劉源上将(大将)。劉少奇元国家主席の子息で1951年4月生まれ。習近平国家主席の幼なじみというばかりでなく、対米・対日強硬派として知られ、習主席の腐敗摘発の先頭にも立ってきた盟友である。その劉上将はレーダー照射事件直後の2月から3月にかけて、次の点を強調した。
劉上将はまず、党機関紙『人民日報』系列の『環球時報』(2月4日付)に、「戦略的チャンスの時期を確保せよ――戦争は最後の選択」という論説を寄稿した。
「戦略的チャンスの時期」とは、鄧小平が示した概念で、世界大戦の危険がなく、中国が経済発展に集中できる時期を指している。そして劉上将は独自の避戦論を展開した。
「中国の経済建設は日清戦争と日中戦争によって中断された。今も偶発事件から戦争が勃発して、中国の経済建設が中断される危険があるが、それは中国の成長を恐れる米国と日本のわなであり、陥ってはならない」
また、劉上将は「戦争は軍人にとって唯一の選択だが、国家にとっては最後の選択だ」と指摘、鄧小平の「韜光養晦」(低姿勢を保ち、力を養う)という方針や、「臥薪嘗胆」「韓信の股くぐり」の故事のとおり、外国の挑発に乗らずに国力を養うことを強調した。
尖閣諸島についても、劉上将は全国人民代表大会(全人代)初日の3月5日、「鄧小平の方針に従い、知恵のある世代が現れるまで紛争を棚上げすべきだ」との見解を記者団に披露している。
要約するなら、①日米との戦争は中国の利益にならない、②中国の発展は戦争をしていない時期に実現したことを忘れるな、③尖閣諸島問題を棚上げにして、戦争を回避せよ、ということになろう。いずれもレーダー照射事件から1ヵ月の間に行われた発言である。習近平国家主席の意向と考えてよいだろう。
これを見れば、東シナ海における中国の行動が日米との軍事衝突を避ける形で展開されている理由を理解できるはずだ。
事件翌年の2014年4月22日、中国青島で開かれた西太平洋海軍シンポジウムには河野克俊海上幕僚長(現・統合幕僚長)ら21カ国の海軍首脳が出席したが、①レーダー照射、②砲身を向けた威嚇、③低空飛行による威嚇、の3項目の禁止で合意した。韓国海軍も出席している。この合意事項は、南シナ海における中国艦船の行動でも遵守されている。
その合意を今回の韓国駆逐艦は破ったことになり、艦長以下の処罰はもとより、国家を戦争の危機に直面させかねなかったという点で、鄭景斗国防相の更迭もありうる事態である。鄭国防相は前合同参謀本部議長。航空自衛隊の指揮幕僚課程と幹部高級課程を修了した知日派として知られる。
韓国駆逐艦のレーダー照射に戻れば、現在の韓国では徴用工問題などで反日感情を煽る動きがあり、それが海軍にも波及していることが事件によって明らかになった。その韓国が、中国に倣って国内と軍内部の反日感情の沈静化を実行できるか、そして事実上の謝罪を行うことができるか、さらに日本が冷静かつ毅然たる姿勢で臨むことができるかどうか、日韓両国の国際的評価が分かれる問題として世界が注目している。
年末の段階では、日本政府は韓国側の火器管制レーダーの周波数などのデータを手に、動かぬ証拠を突きつけながら、相手を最後まで追い詰めない形で外交的な勝利を手にする姿勢を貫いている。そこだけを見ると、日本外交もかなり成長した印象があるが、狙い通りに韓国側が動くかどうか、目を離すわけにはいかない。