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 中国艦による最初のレーダー照射は2013年1月19日午後5時頃、尖閣諸島の北120キロの東シナ海上で起きた。当時、海上自衛隊第6護衛隊所属の護衛艦「おおなみ」(満載排水量6300トン)は28km離れた海上を遊弋中の中国海軍のジャンカイⅠ型フリゲート「温州」(満載排水量3800トン)に対して、SH-60哨戒ヘリコプターによって偵察活動を行っていた。この哨戒ヘリに対して、「温州」から火器管制レーダーが照射された。

 2回目のレーダー照射は1月30日午前10時頃、同じ海域で中国海軍のジャンウェイⅡ型フリゲート「連雲港」(満載排水量2393トン)が海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」(満載排水量6100トン)に対して行ったものだ。

2013年1月、中国海軍のフリゲートから火器管制レーダーを照射された海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」(出典:海上自衛隊ホームページ)

 このとき、日本のマスコミはいまにも「東シナ海海戦」が勃発しそうな論調で報じたが、2つの事件の間には11日間にわたる中国側の「沈黙」があったことは、意外にも知られていない。

 中国海軍は今回の韓国海軍と同様、反日感情あるいは「いたずら心」で照射したのだと思われる。そして、日本は強硬な姿勢を示さないとタカを括っていたフシがある。

 しかし、このときばかりは違った。

レーダー照射を受け中国艦に護衛艦を肉薄させた海上自衛隊

 事件当時、ほとんど報道されることはなかったが、最初の哨戒ヘリに対するレーダー照射を受けて、海上自衛隊は護衛艦「おおなみ」を中国艦から3キロの海域まで前進させたのだ。ただちに撃沈できる態勢をとりつつ、相手の出方を探るためである。

 最初のレーダー照射が日本を挑発し、戦争を仕掛けるような性格のものであれば、護衛艦に詰め寄られた中国艦はさらにレーダー照射を繰り返しそうなものだったが、護衛艦を待っていたのは沈黙したままの中国艦の姿だった。

 これは中国艦の立場で考えれば容易に理解できることだ。

 1回目のレーダー照射は、うるさくつきまとう海自のヘリを、あたかもハエを追い払うように退散させるためのものだったと考えてよい。それまでなら海自のヘリは退散し、それ以上の展開など考える必要がなかったからだ。

 ところが、哨戒ヘリに対するレーダー照射のあと、思いもよらず2倍以上の図体の日本の護衛艦が肉迫してきた。中国側にとって想定外の展開だったろう。最悪の場合、戦闘が起きることも覚悟しなければならない状況だった。しかし、この事態への対応を判断する権限は、中国艦の艦長を統制する立場の政治将校にはない。共産党中央軍事委員会にお伺いを立てたのは言うまでもないことだった。

 これもあまり知られていないことだが、中国の軍事組織には陸軍でいえば連隊以上の部隊、海軍なら戦闘艦艇には「2人の指揮官」が配置されている。ともに同じ階級の部隊指揮官と政治委員(政治将校)である。政治委員は共産党中央軍事委員会の統制のもとにあり、部隊指揮官は政治委員の承認なく作戦行動を取ることはできない。これは、共産党によるシビリアンコントロールであり、軍が共産党に反抗しないための歯止めでもある。

 そして、それから11日後に行われた護衛艦に対する2度目のレーダー照射こそ、共産党中央軍事委員会の判断だったと考えられる。

 血気にはやる現場を沈静化させるために、一定の冷却期間を置かなければならないが、沈黙したままでは中国海軍としての面目を保つことはできない。そこで、軍事衝突を招かないレベルで反応するという、練りに練られた策略として1発だけレーダーを照射して再び沈黙した可能性がきわめて高いのである。