未熟な部下の意見を「いや、違うだろ」「分かってないね」と正してあげ、これまで成功を収めてきた自分の意見を教えてあげることが部下のため、と本人は思いやりの気持ちを持って意見を押し付ける。

 ただ、本当の思いやりとは、いったん部下の意見を聞き、受け入れられるところは受け入れようとする姿勢を持つことである。

 そういった姿勢を持つことなく、一方的に上司としての意見を押し付けられると、部下は自分の意見が軽んじられた、あるいは否定されたことにプライドを傷つけられる。これが繰り返されると、それは次第にトラウマとなり、部下は本音としての自分の意見は言わなくなる。

 そして、上司の顔色を伺いながら、上司から否定されない、上司の意向に沿った意見を「自分の意見」として言うようになる。そうやってだんだんと部下の発言の自由が奪われていく。

発言の自由を奪われるとモチベーションが下がる

 発言の自由が奪われると、それに比例して発想の自由さも失われていく。また、人は自分の頭で考えて、自分のやりたいようにやることにモチベーションや面白さを感じる。

 ただ、プレイヤーとして優秀な上司は部下に仕事を任せた場合でも、成功体験が多いがゆえに「自分はこうやって上手くやってきた」「自分ならこうやるのに」と細かなやり方にまで口を挟みがちである。

 仮にそのやり方が最高の効率をもたらすやり方であったとしても、部下にモチベーション高く、面白さを感じながら仕事をやってもらうためには、少々の非効率はあっても部下自身の頭で考えた部下のやりたいやり方でやらせてあげる寛容さを持つことも必要である。

 そういったやり方を認めず、自らのやり方を押し付け続けると、部下は創意工夫することをやめ、指示されたことを指示された通りにやるだけになる。

 ただ、プレイヤーとして優秀な上司の上記のような行動は、必ずしも悪気があってやっているわけではない。自分の仕事の水準が高く、その水準を部下にも求めようとすることから生じてしまう行動であり、この点が本人にとっての盲点になっている。

 ただ、こういった関わり方をされると部下は委縮し、自信を失い、自らに可能性を感じることができなくなっていく。そして、部下はいわゆる「指示待ち人間」に変貌していく。

 こうやって、プレイヤーとして優秀な上司は部下の可能性を潰していく。