一体の亡霊が自衛隊を徘徊している。武士道という亡霊が。
元々、自衛隊の「武士道」好きは旧軍末期以来の伝統的なものであった。それが近年になり、武士道ブームが公的なものとなりつつある。
2000年以降、武士道の重要性を公言する将官が相次いで出現し、各部隊でも「武士道の神髄」云々といった講演が行われるようになった。そして2016年に制定された陸自の新エンブレムには、抜身の日本刀が交差したデザインが採用された。
しかし、近代国家の国益と名誉を担う軍隊として、それで良いのだろうか。
武士道とは、新渡戸稲造が騎士道を焼き直しした「西洋的武士道」、至上の価値を“死”に見出す「葉隠的武士道」、犬畜生と言われても勝つことに意味があるとする「戦国的武士道」等々の幅広い解釈があり、体系的な思想のないバズワードでしかない。
自衛隊内の言うところの武士道には、「戦国的武士道」の要素はあまり見られない。実質的には、「勇敢」「規律」「正々堂々」といった合言葉のもとに部隊をまとめていくための拠り所という色彩が強い。
だが、武士道の過剰な礼賛は旧軍末期の軍事的失敗を繰り返すことにならないだろうか。実際、政治学者のサミュエル・P・ハンティントンはこの点を痛烈に批判している。