カレーの歴史を洗い直したら大きな謎に突き当たった

日本カレーの“源流の源流”に迫る

2016.10.14(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 ヘイスティングズの年表から、彼がインドに行った時期と英国に戻った時期を整理すると、表のようになる。少なくとも、『日本大百科全書』にある「ウォレン・ヘースティングズが、インドの『カリ』を一七七二年に本国に持ち帰った」という記述はありえなさそうだ。

ウォーレン・ヘイスティングズの略歴。赤字は渡航に関する記述。青字はインドの「カリ」を持ち帰ったとされている年代。

四半世紀前にはカレーのレシピが英国の料理書に

 もしもヘイスティングズが「カリ」を英国に持ち帰ったのだとすれば、1764年から1769年にかけての一時帰国時か、1786年のインド総督退任後の帰国時以降となるだろう。

 しかし、後者はありえなさそうだ。インド総督退任後の帰国時期には、すでにロンドンでカレー粉が売られていたとみられるからだ。英国の現代の料理著述家であるローラ・ケリー氏が、彼女のサイトの「The Origins of Curry Powder(カレー粉の原点)」という記事で、1780年代中頃のザ・モーニング・ポスト紙(その後デイリー・テレグラフに買収)に、カレー粉の新聞広告が出稿されていたと紹介している。

 ちなみに、この広告には、「カレー粉と呼ばれる非常に貴重なこの食材は、かの有名なソランダーによって東インドから持ちこまれたもので」といった記述がある。「ソランダー」は、スウェーデン出身の植物学者ダニエル・ソランダー(1733-1782)と考えられる。だが、彼が参加した航海ではインドには寄っていないため、ソランダーがカレー粉を持ち込んだという広告の記述の信憑性は疑わしい。

 では、1764年から1769年にかけての一時帰国時、ヘイスティングズがインドの「カリ」を英国に持ち帰った可能性はあるのだろうか。

 これについては、残念ながら確証的な情報を得ることはできなかった。ただし、カレーのレシピについては、ヘイスティングズが「カリ」を持ち帰ったとされる1772年の四半世紀前にあたる1747年、すでに英国の料理本で紹介されていることは分かっている。

 ジャーナリストの森枝卓士氏は前出の著書『カレーライスと日本人』で、大英博物館を訪れて見つけ出した1747年発刊の英国の料理書『The Art of Cookery Made Plain and Easy(明快簡易料理法)』に「To Make a curry the Indian way(カレーのインド式調理法)」が載っていることを述べている。ここで使われている香辛料は、ターメリック、ショウガ、そして胡椒だという。

ヘイスティングズがおそらく人生で初めてインドに渡った1750年よりも前に、英国で「インド式」としてカレーの作り方が料理書に載っていて、具体的な香辛料が書かれていた。少なくとも、ヘイスティングズが関わるより前に(関わっていればの話だが)、英国ではインド式を意識したカレー作りのための香辛料が存在していたことになろう。

 分かっているのは、英国のカレーがインドから伝わったのは18世紀のいつかであるということ。しかし、誰がどのような形で、カレーを作るためのスパイスなどの材料をインドから英国に初めて持ち込んだのか。日本のカレーの“源流の源流”には謎が残されている。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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