海外のウイルスが日本の梅を襲っている!

梅食文化の発展と危機(後篇)

2016.05.20(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要
日本の梅に迫っている危機とは……。

「梅干」をテーマに、前後篇でその歴史と現状を追っている。前篇では、梅干が「日本的」な食になっていく歩みをたどった。江戸時代における塩の普及による梅干食の大衆化や、赤い梅干の発明という技術革新、そして梅の産地の発展などにより、梅干は日本的なものを担うに至った。

 だが、そんな日本の梅が、いま危機に晒されているという。2009年に国内で発覚したウイルス感染により、梅の木が次々と伐採を余儀なくされているのだ。

 後篇では、いま言われている梅の危機の現状や原因、そして梅干など果実用の梅に対するリスクなどを専門家に尋ねる。応じてくれたのは、法政大学植物医科学センター長の西尾健氏。長らく果樹を中心とする植物に感染するウイルスを対象に研究をしてきた人物だ。

 日本の梅は、いま、どれほどの危機に晒されているのだろうか。

東京都青梅市で異変発生、他県も「飛び火」

 異変が起きたのは2009年だ。東京都青梅市の梅園で、梅の葉に斑(まだら)模様が見つかった。東京大学植物病院が調べると、梅から「プラムポックスウイルス(PPV、和名ではウメ輪紋ウイルス)」とよばれる病原体が検出された。事態を受け、農林水産省が青梅市の梅を緊急調査した結果、このウイルスによる病気の発症が確認されたのだ。

 農水省は2010年2月、緊急防除のための省令を公布。感染または感染のおそれのある梅の木は伐採のうえ廃棄されていった。都内で防除区域に指定されたのは、青梅市のほか、隣接する日の出町やあきる野市の全域、また八王子市などの市町の一部だ。青梅市では、これまで3万本以上が伐採され、梅の里から跡形なく梅が消えてしまった。

 感染症は「飛び火」するように、茨城県水戸市や神奈川県小田原市にも広がった。さらに兵庫県、大阪府、奈良県など関西地方の市町村や、三重県、愛知県の中部地方の市町でも、感染や感染のおそれがあるため梅の木々が処分されている。

西尾健(にしおたけし)氏。法政大学植物医科学センター長。横浜植物防疫所病菌課長、環境庁土壌農薬課長、農林水産技術会議事務局研究総務官、農林水産政策研究所長などを歴任。2006年より法政大学へ。専門は植物医科学、フードセイフティ論、農業・環境政策論など。2014年4月、生命科学部応用植物科学科教授。同年6月に開設された法政大学植物医科学センターのセンター長にも就任。同センターは、外部からの病害虫診断依頼への対応や、植物病の診断、治療、予防に関する研修機会の提供なども行なう。

 PPVは1910年代にブルガリアで確認されていた。「核果類」とよばれる種の堅い果実を実らせる植物が世界各地で感染した。ブルガリアなど欧州ではスモモ、欧州では桃、北米では桃やネクタリンといった具合だ。南米のチリやアルゼンチン、エジプトでもこのウイルスによる核果類の感染症が生じている。

「日本での感染の知らせを聞いたときは、ついに日本でも起きてしまったかという感がありました」

 法政大学植物医科学センター長の西尾健氏はそう話す。感染発覚以前の1985年にすでに「わが国が侵入を恐れている果樹病害」という論文などで、PPVの感染症に言及していただけに「悔やまれます」と言う。感染経路は不明ながら「誰かが海外から感染した木を持ち込んだとしか考えられないのです」と話す。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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