前回の記事「史上最悪の農薬は、史上最強の救世主だった」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46682)で話題にしたDDTは、日本でも終戦直後に頭に白い粉を振りかけることで、頭にいたシラミを駆逐したことでも知られています。

 しかし、シラミの駆除は過去の話ではありません。実は今も頭につくアタマジラミなどの被害はそれなりに存在しています。特に子どもの頭にシラミがついてしまうことが多いため、今は殺虫剤を混ぜた子ども向けのシラミ駆除用シャンプーが売られています。

「子どもの頭に直接かけて大丈夫?」

 この殺虫成分は「フェノトリン」といい、1981年に市販が開始され、シラミ用シャンプーやゴキブリの殺虫剤などに使われています。最近では疥癬(かいせん、ヒゼンダニによる感染症)の治療にも用いられ始めました。

 フェノトリンは、蚊取り線香の成分として有名な「ピレスロイド」系の成分です。こう書くと、「シラミシャンプーは蚊取り線香や殺虫スプレーを直接頭にかけているようなものか?」と思われるかもしれません。

 さらに、ピレスロイドをWikipediaなどで調べると、経皮毒性があり、皮膚につけるとアレルギー反応を起こし場合によっては死に至るケースもあるといった記述もあります。そんな危険な薬剤を子どもの頭に直接散布するのか、とびっくりする方もいらっしゃるかもしれません。

 ところがそうではないのです。化学の世界に踏み込むと、全く違う世界が見えてきます。有機化学物質は似たような化学構造を持つ物質をまとめて「有機リン系」とか「ピレスロイド系」などと分類します。化学構造が違えば、物質の性質も変わるのですが、ピレスロイド系の化学物質は特にその傾向が顕著なのです。

菊に由来、天然ピレスロイドの問題点

 まずはピレスロイドの歴史を少しひもといてみましょう。ピレスロイドは神経毒で、虫の神経の軸索に作用して、あっという間に殺してしまう性質を持っています。虫が寄ってこない忌避剤としても有効です。

 除虫菊に高い殺虫能力があるのは古くから知られていました。日本での使用は意外に遅く1885年に除虫菊が持ち込まれて、1890年に蚊取り線香が発明されて大いに普及します。

 1900年頃から、除虫菊の成分の研究が始まり、天然ピレスロイドの「ピレトリン」が発見されました。その後、ピレトリンの仲間になる化合物という意味で同様の構造を持つ化合物がピレスロイド系と呼ばれるようになります。

 当初は、虫には強力な殺虫剤で魚類にも有害ですが、人間を含むほ乳類や鳥類には比較的安全性が高いのが特徴でした。