太平洋を取り囲む12カ国は10月、歴史的な貿易協定となる環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で合意に達した。TPPが網羅する範囲は極めて広い。協定が批准され、実行に移されたら、環太平洋地域全体の貿易と資本移動にとてつもなく大きなインパクトを与えるだろう。実際、TPPは現在進行中の国際秩序の変容を促すことになる。だが残念ながら、これが現実となるかどうかは、依然、不確かだ。
TPPの基礎を成す貿易と金融の経済性はかなり単純で、19世紀に英国の政治経済学者、デビッド・リカードが描写して以来、世に知られていた。
貿易と投資の自由化は、従来関税による保護措置から恩恵を受けてきた特定の団体に不利益をもたらす可能性があるものの、各国が比較優位性を最大限に生かせるようにすることで、差し引きでプラスの経済効果を生む。
だが、貿易自由化の政治――すなわち、各国が自由貿易を受け入れていく過程――は、それよりずっと複雑だ。主に、協定が害を及ぼす特定の団体のせいだ。こうした団体にとっては、自分たちの狭い利益が損なわれるのであれば、貿易自由化の全般的な経済的利益はほとんど意味をなさない。
たとえこれらの集団が比較的小さかったとしても、彼らが貿易自由化との戦いで見せる規律と結束はその政治的影響力を大幅に増幅させる。有力な政治家が彼らの主張を支持した場合は、なおのことだ。
手のひらを返したヒラリー・クリントン
いま米国で起きていることが、まさにこれだ。前国務長官のヒラリー・クリントン氏はまず間違いなく、TPPの経済性を理解している。何しろ同氏はかつてTPPのことを、貿易協定の「金字塔」と呼んだ。
だが、大統領選の遊説に乗り出したいま、クリントン氏は態度を変えている。その理由は明白だ。組合員が自動車・トラックに対する関税引き下げを恐れている全米自動車労働組合(UAW)のような米国の労働組合からの支持を失うわけにはいかないと判断したのだ。