「100年後にも桶屋が存続していられるようにしたいんです」。パリの真ん中、サンジェルマン・デ・プレで聞くからなお、それは新鮮に響いた。
言葉の主は、木桶職人の中川周士(しゅうじ)さん。この1月にオープンしたギャラリー「L’Esprit D’Artisan(レスプリ・ダルチザン)」でのことだ。
パリの文化人が集まる中心地にできた日本伝統工芸品のギャラリー
以前、このコラムで「MIWA」の試みをご紹介した(『パリで世界最高の日本式ラッピングサービスをどうぞ』)。パリで真の日本文化を伝えていこうとするもので、あれから3年の歳月が経ち、ますます精力的に活動を展開している。
その主宰である佐藤武司氏も尽力して誕生したのが、この「レスプリ・ダルチザン」。
「職人の精神、心、知性」とでも訳せるだろうか、日本の伝統技術とそれによって生み出されるものを展示、販売する貸ギャラリーとして開かれた。
その最初の展示となったのが木桶職人、中川さんの作品。できたてほやほやの空間に、初々しい木肌から発せられる香気が満ちている。
「檜の匂いです。もうひとつ、こちらと比べてみてください」と、中川さんは、かんなで木片をひと削りし、渦巻き状になった木屑を手のひらにのせてくれた。そっと顔を近づけると、柑橘系の香水を思わせるなんともいい香りがする。
「高野槇です。水にも強いので、風呂桶などに最適です」
なるほど、こんな香りがする湯はさぞかし気持ちがいいだろう。
そして、制作途中の桶に手をかけ、箍(たが)をトントンと叩いてずらした次の瞬間、木のパーツが「パン」と威勢のいい音をたてて放射状にはじけて倒れた。
「『箍が外れる』というのはまさにここから来ているんです」と、中川さん。
「桶はこの箍によって支えられています。木と木の継ぎ目には普通の釘ではなく、木の釘を使う。鉄だと錆びて抜けなくなり、解体ができませんから。
道具にしても家にしても、木で作られたものはもともと、修理しながら使うのを旨としていました。昔は街の角を曲がれば桶屋があって、普段使っている道具をそこで直して使い続けたものです」。