この記事は先に書いた記事「東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失 患者から見た医師と製薬会社に問われる法的責任」を増補する内容となっている。
先の記事では冗長となるため省略した部分について見ていきたい。
臨床試験の費用はどこから出したのか?
臨床試験を行うためには費用が必要である。
研究チームの代表である黒川峰夫・東京大学血液腫瘍内科教授には、臨床試験の始まった2012年5月にノバルティスから300万円の奨学寄附金が渡されている。ノバルティスはその前年と前々年にも黒川教授に奨学寄附金を渡しているが、その額はいずれも200万円であった。
臨床試験が行われた2012年は普段の200万円とは別口で、100万円の寄付が追加で渡されており、合計300万円とめでたく奨学寄附金が増額されている。
ノバルティスと東京大病院は、臨床試験とこの奨学寄附金は関係がないとしている。
もし両者が嘘をついており、ノバルティスから渡された奨学寄附金を使って研究チームが臨床試験を行ったのであれば、企業の支援を受けない前提で倫理委員会から実施の承認を得ていたのに、「企業の支援」どころか対象薬の製薬会社からのカネで臨床試験を実施していたことになる。
ではノバルティス以外の団体から出された奨学寄附金を使っていればいいのか?
先に指摘したとおり、本臨床試験は企業の支援を受けないことが承認の条件とされているが、研究チームは実質的にノバルティスが運営していた。つまり本臨床試験は倫理委員会の承認を経た「適正な研究」と言えない。
とすると本臨床試験に対して奨学寄附金から費用を支出することは、寄附者の寄附の目的である「医学研究の為」に反することになる。
したがってノバルティス以外の団体から出された奨学寄附金を使っていたとしても、寄附者に対して不正に奨学寄附金を使ったとして責任を負わなければならない。仮に何らかの形でノバルティスの社員に、黒川氏を含む受寄者が受けた寄付金の一部が使われていた場合はより悪質性が強いことになる。
プライバシー権の侵害
今回の事件ではアンケートへの回答を含む患者情報が、臨床試験を担当していた医師からノバルティスのMRに渡されている。
プライバシー権は患者側から見ると、憲法13条の幸福追求権の一形態として保護される権利だ。この権利が侵害された事件として、医療業界ではHIV情報に関わるものがいくつかあるが、今回はあえて異業種かつ有名な事件である「前科照会事件」(最判昭和56年4月14日)を見てみたい。