会話のない食事をしていませんか?

味の社会学(第2回)

2013.10.24(Thu) 菅 慎太郎
筆者プロフィール&コラム概要

 子供のときに親から「“いただきます”を言いなさい!」と叱られた経験はありませんか?

 今日、あなたは食事の時に「いただきます」と言いましたか?

 多くの場合、「いただきます」という言葉は、マナーの観点から「言わなければならない」と思っている人が多いことでしょう。確かに、それを発することで礼儀正しい雰囲気にはなります。しかし、本当は、これからいただく「食べ物(いのち)への感謝」を示すものなのです。

「いただきます」はマナーではない

 私たちは、植物であろうが、動物であろうが、「他の命」を「いただく」ことでしか生きられません。そうして受け継いでいく「命のバトン」を「いただきます」と発することで、感謝の気持ちと、それをいただくという「自覚」をすることができるわけです。

 したがって、子供を躾ける親としても、「言いなさい」ではなく、「食べ物のルーツ」を伝えることで、自然と子供が発するようにさせる、というのが躾けとして正しい姿と言えるでしょう。

 私たちの周りはどこの誰が作ったかも分からない食がどんどんあふれ、作り手の思いや努力は実感できなくなる一方です。流通業の発達は売り場にモノを大量に充実させることには成功しましたが、「旬」や「作り手の努力」を断絶し、巡りめぐって生鮮売上の低下、生産者と消費者の直結による「中抜き」という憂き目に遭っています。

 かつて、八百屋が果たした「目利き」の機能を取り戻さない限り、「いつでも買える」というボリューム陳列の売り方の存続は危ういかもしれません。「人」が介在しない食など、どこにもないのです。

「ごちそうさま」は感謝の言葉

 先の「いただきます」と同じように、「ごちそうさま」という言葉もあります。これも、食事が終わったという単なる「合図」や「儀式」に成り下がっていることは、とても残念でなりません。

 「ご馳走」の意味を調べたことがあるでしょうか。本来の意味は「野山を走り回って準備する」という「おもてなし」のココロを示すものなのです。

 したがって、「ごちそうさま」は、そうした「おもてなし」に対する感謝の言葉。「私のために準備、調理、提供いただきありがとう」という意味を持っているのです。

 外食すれば、シェフや料理人、お家ならお母さんやお父さん、あるいはおばあちゃんかもしれません。また、直接的ではなく、その食材や素材を作ってくれた農家や畜産家や漁師やトラックで運んでくれるおじちゃんなど、多くの関わってくれた人もいます。これらすべての人へ感謝の気持を示す「ありがとう」の意味なのです。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

株式会社味香り戦略研究所 味覚参謀、口福ラボ代表
1977年埼玉県生まれ。味覚コンサルタント&コピーライター。「おいしさ」の表現を企画する口福ラボを主宰し、味香り戦略研究所では「味覚参謀(フェロー)」としてマーケット分析、商品開発を手がける。キッズデザインパーク講師。日本味育協会認定講師。渋谷珍味研究会顧問。鹿児島市新産業連携創出WGアドバイザー。


食の万華鏡

食の安全に対して国民の関心が高まっている。今後、安全で美味しい食の供給国としての日本を考えた時にもこの問題は重要になる。食の安全の話題を中心に、食トレンド、食品マーケットなど、食にまつわる様々なテーマを取り上げる。