3.11当時の原子力安全委員会委員長だった班目春樹氏(元東大教授)へのインタビューの模様をお届けしている。今までに以下の3回の記事を掲載した。今回は最終回となる。
第1回 「班目氏が認めた事故対応の失敗」
第2回 「誤解して抜け出せなくなった班目氏」
第3回 「『メルトダウンが起きている』と確信していた班目氏」
インタビューの直接のきっかけは、2012年11月、3.11当時を振り返った回顧録『証言 班目春樹』(新潮社)が出版されたことである。本書には、政府中枢で福島第一原発事故対応に関わったキーパーソンの証言として、非常に貴重な内容が含まれている。新潮社の説明によると、この本は班目氏の話を教え子である岡本孝司・東大大学院工学系研究科教授ら数人が聞いてまとめたものだ。著者は岡本教授になっている。
原発事故や住民避難対応の失敗について、班目氏にはバッシングに近い激しい非難が加えられてきた。だが、本人に取材して言い分や反論を聞いた報道がほとんどない。インタビューを通して、班目春樹・原子力安全委員長から3.11はどう見えていたのかを明らかにする。
(このインタビューは2013年1月11日午後、東京・矢来町の新潮社の会議室で行われた。)
意味がなかった事故対応訓練
──3.11の半年前、2010年秋に原子力防災総合訓練があったのはご記憶ですか。
班目春樹氏(以下、敬称略) 「10月21~22日にありました」
──これは静岡県の浜岡原発(中部電力)が舞台でした。班目先生も参加していらっしゃいますか?
班目 「参加していますが、2日間のうちの最初の1日はあまり参加していません。原子力安全委員会の法律上の任務というのは、一旦避難させた住民を帰す時に、意見を聞かれて『差し支えない』と答えるというものです。だからそれを粛々と、型通りの訓練をやっています」