いまだ事件から1カ月しか経過していないのに、すでに完全に旧聞に属する感のある「iPS細胞移植詐欺」事件。いまさらこの問題にここで触れるのは、詐欺を働いた森口さんなる人物を袋叩きにしたいがためではありません。

 彼のここ数年の栄枯盛衰、そこから透けて見える大学や学術行政の体質的な病に目を向けねば、と思ったのは、こんな報道を目にしたからでした。

[産経新聞10月16日]森口氏「証拠出せない」帰国後、聴取 東大「一件やった」に疑問

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)の世界初の臨床応用をしたと虚偽の発表をした日本人研究者、森口尚史(ひさし)氏(48)が15日、米国から帰国した。

 その後、所属先の東大病院から事情聴取を受け、「(当初の説明の6件の治療のうち)1件はやった。証明できる人は出てきてくれない。証拠が出せない以上、やったと言えないことが残念」と述べた。病院側はこの1件について「素直にそうだなとは思っていない」と疑問があるとの見方を示した。

 同病院によると、森口氏は15日午後に成田空港に到着した際、上司の東大助教に電話し、同日付での特任研究員の辞意を伝えた。しかし、聴取では、進退について「調査にきちんと協力した上で身の処し方を考えたい」と後退させ、迷っているのかとの質問にうなずいたという(後略)。

 この記事の中で、もしかすると多くの人にはピンとこないかもしれないある部分、しかし大学に関係した人であればオヤと思う一語が気になるのです。それはどこか?

 「上司の東大助教」という何気ない表現に、どうしても引っかからざるを得ないのです。

制度変更に翻弄される研究者たち

 上の記事には「同病院(東大病院)によると、森口氏は15日午後に成田空港に到着した際、上司の東大助教に電話し、同日付での特任研究員の辞意を伝えた」とあります。

 まあ、プロジェクトベースの「特任研究員」なのだから、その上に上司として助教、つまり以前の表現でいえば助手さんがいたとしても、それ自体は何も不思議なことではありません。

 しかし、ちょっと考えてみてください。この森口さんなる人物、しばらく前までは、特任だ何だと言っても、曲がりなりにも東京大学で教授やら助教授やらを務めていた人です。まあ大いに曲がりなりだったわけですが。

 それが(今回のように明らかな失態を犯した、というのではなく、それ以前の段階で、平時に起きた人事異動の結果として)「教授」職から、その下位に属する「准教授」(助教授を改称したもの)よりもさらに下位の「講師」よりもこれまたさらに下の「助手」現在は「助教」と呼びますが。この「助教」の下の研究員になっていた。で上司に当たる助教に進退の電話をした、というわけですね。

 森口さんのしたとされることに、何一つ同情の余地はありませんが、それ以前に発生しているこういう人事のもろもろは、詐欺と別の問題を大いにはらんでいます。今回はそれに注目してみましょう。