今年に入り竹島、尖閣諸島をめぐり日本と中韓両国との対立が深まっている。特に韓国は、退任を間近に控えた李明博大統領が、突然竹島を訪問し、天皇陛下の訪韓には謝罪が必要と発言し、あるいは野田首相の親書を返送するなど、異様なほどの強硬姿勢を示している。(敬称略)

 またそれに前後して、尖閣諸島の国有化に反対して中国国内で暴動が多発するなど、中韓が連携して日本に対して挑戦的行動を繰り返しているようにも見られる。

 しかしこのような中韓の対日強硬姿勢は、単なる偶発的な事件でも、激情に駆られた無軌道な行動でもない。背後には、日米中のパワーバランスの変化を読み取り中国寄りに舵を切った李明博政権の冷徹な戦略的計算と、南北朝鮮を含めた北アジアでの地域覇権の樹立という中国の長期戦略がある。

外交面での中韓接近

 中韓両国の関係は2011年に入り、新たな展開の兆しが見られた。2011年に国交樹立19周年を迎え、中韓両国は外相及び防衛相レベルの交流を行い、両国間の関係好転に弾みをつけようとした。

 2011年6月にブダペストでのアジア欧州外相会談の際に最初の外相会談が行われ、7月にはバリの東南アジア諸国連合(ASEAN)地域会合の際にも外相会談が行われた。また2011年7月にソウルで初の「中韓戦略対話」が行われ、引き続き同月にシンガポールで両国国防相の会談が行われた。

 同じ時期に中朝間では、中朝友好協力相互援助条約50周年を記念して2011年7月に祝賀行事が行われた。それに先立ち、同年5月に北朝鮮の金正日(故人)はロシアを訪問し、シベリアで当時大統領だったドミトリー・メドベージェフと会談している。

 その帰路に黒竜江省の省長と会談した。この金正日の訪露は、東京で行われた日中韓の3国首脳会談の際の温家宝、李明博会談に対抗して行われたものであろう。

 2011年6月には中朝は予定外の「戦略対話」を60周年記念に先立って行い、さらに8月の朝鮮人民軍代表団の訪中時には、中朝は軍事協力の強化にも合意した。

 また中朝間の新しい合弁事業についても話し合われた。しかしこのような北朝鮮による中韓接近に対する牽制外交は、6か国協議の再開のめども立たないなど外交的には行き詰っている。

 しかし2011年以降、中韓の間では新たな懸案事項も生じた。

 韓国が大統領選に備え中国が指導部の交代に差し掛かった権力の移行期に、脱北者に対する中国の扱い、韓国の排他的経済水域(EEZ)内での中国漁船の不法操業問題、前年に延坪島砲撃などを起こした北朝鮮に対する制裁をめぐる相互不信などの両国間の懸案事項が相次いで発生した。

 2012年に入り、中国と韓国は国交樹立20周年を迎え、これらの懸案の解決に向けてより積極的な外交を展開している。