筆者が担当した前回のコラム(「『知識』の果実を手に入れる難しさ」)において、次のようなことを述べた。イノベーションの源泉は「知識」であること、知識の基本的特徴として、利用の「非競合性」がある(多数の企業・人が同時に自由に利用できる)こと、そして、それが原因となって、知識は「専有可能性」が限られている(知識が生み出す利益を独占するのが難しい)こと、である。

 知識の非競合性は、もう1つの重要な帰結を持っている。それは、知識を利用できる市場の大きさが、知識の開発や改良を促す重要な要因となることである。

 知識の利用が非競合的であることは、知識の利用者が拡大しても追加的な費用がかからないことを意味している。したがって、知識を利用する市場が拡大すれば(知識を利用する人が増えれば)、その知識の開発や改良がもたらす収益は大きく高まる。

 これは非常に単純な点であるが、以下に述べるように、技術経営に大きな意味を持っている。

電卓という液晶の用途を発見したシャープ

 液晶をディスプレー装置として利用する技術的可能性は、1960年代に米国企業RCAによって最初に示された。それにもかかわらず、それを実際にビジネスとして実現したのは日本のシャープであったのはなぜか。

 その重要な要因は、シャープが電卓という、まだ発展途中であった液晶を活用できる用途を発見したからである。

 電卓に活用することで、液晶の改善のための研究開発費を回収することが可能となり、「液晶の質の改善→液晶市場の拡大→さらなる質の拡大」という好循環過程をもたらすことになった。その結果、液晶の大型化も進み、PCの表示装置、ついでテレビの表示画面にも利用可能となった。

 RCAは当初からテレビの表示装置としての利用を考えていたが、技術課題が多すぎ、研究開発を途中で放棄することになった。

 他方で、シャープは電卓という用途を発見できたことが、最終的にはテレビの表示画面にも適用することができるような液晶技術の進歩を可能としたのである。

ローエンド市場に参入した企業がなぜ競争優位に立つのか

 ローエンド市場に参入した企業が、最終的にはハイエンド市場への参入にも成功することがしばしば観察される。