一口ごとに幸せな気分に、
日本人の創意工夫で生まれた「オムライス」

2011.10.14(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 近所に、夫婦でやっている小さな洋食屋がある。カウンターだけの店内は、10人座るといっぱいだ。奥さんは気さくにいろいろ話しかけてくる。一方、ご主人は黙々とキッチンを行き来する。

 高めの椅子によいしょとよじ登り、メニューを眺める。ひと通り迷った挙げ句、いつものように「オムライス、ください」と言うと、背を向けているご主人がさっと動く。

 カンッ、カンッ、カンッ。しばらくして、フライパンを五徳に打ちつける金属音が聞こえてくる。音が鳴り始めると、誰かと来ていても、急に言葉数が少なくなる。ご主人の動きに釘付けになってしまうからだ。

 規則正しいリズムでフライパンがあおられ、ご飯粒がパラパラと空中を飛ぶ。ワンジャンプごとに、白いご飯がケチャップの色に染まっていく。あざやかな職人技である。

 お次は手早くかき混ぜた卵のなかにチキンライスが投入され、みるみる黄金のひだに飲み込まれていくはずなのだが、なぜかクライマックスについてはあまり記憶がない。チキンライスの飛翔がよっぽど強烈なせいだろうか。いつのまにやらチキンライスはきれいな紡錘形に整えられ、「はい、お待たせしました」とテーブルに差し出される。

 黄色くつやつやとして、ぷっくり。そこへ茶色のデミグラスソースがとろり。はちきれそうな卵の表面にスプーンを当てる瞬間の多幸感といったら!

 最初のひとさじは卵のみ。半熟よりも少し固め、やわらかすぎないふんわりとした食感を楽しむ。ふたさじ目には、卵に密着したチキンライスが現れる。トマトケチャップのほどよい酸味を卵がやさしく包み込む。そう、これだよ、これ!

 食べ進むにつれ、だんだんとチキンライスの比率が高まっていく。この卵とチキンライスのバランスに変化があるところが、ボリュームがあってもぺろっといけてしまう理由の1つじゃないだろうか。

 ああ、書いているだけでも幸せな気分だ。いくらでもオムライスへの想いを綴れそうだが、この辺でそろそろ本題に入ろう。人を幸せにするこの料理が一体、いつ、どうやって生まれたかということについて。

東にライスオムレツ、西にオムライス誕生

 オムライスは、カレーライス、ハヤシライスと並び日本が生んだ「洋食屋の3大ライス」と言われている。外来の料理をいかに主食の米と一緒に食べるか。創意工夫の末に生まれたメニューである。ただ、オムライスがほかと違うのは、汁物との組み合わせ、言ってしまえば「ぶっかけ飯」の応用ではない点だ。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。