交通事故に遭って以来何年も、激しい頭痛と倦怠感、めまいや手のしびれ、視力低下、思考力低下、睡眠障害など様々な症状に苦しめられる。病院で検査を受けても原因は見つからず「気のせい」だとか「そのうち良くなる」などとあしらわれる。

むち打ち症が治らず会社を辞めるケースも

 ついには日常生活も満足に送れなくなり、それが原因で会社を辞めるケースもある。人生の破綻にまで追い込まれた苦しみを医療機関に訴えても応えてくれない精神的苦痛。

 交通事故の後に症状が出てくることが多いためむち打ち症という言葉で片づけられてきた症状の中に、実は重大な病気が隠されていることが近年判明してきた。それが「脳脊髄液減少症」だ(別名、低髄液圧症候群)。

 以前、テレビの報道番組などで取り上げらた時、自分がこれまで苦しんできた症状の正体をやっと見つけた喜びと治療への希望を託して、当時この治療の中心的役割を担っていた病院へ、問い合わせや患者が殺到したそうだ。

 とはいえ、まだまだその認知度は低く、原因不明の激しい頭痛や倦怠感に苦しみ続けている人は多いはずだ。この症状に対する正しい認識が一日も早く広まることが望まれる。

髄液が漏れて、脳が下に下がる

 脳脊髄液減少症とは、何か?

 まず、脳と脊髄の構造を簡単に確認しておこう。脳から出た脊髄は、脊椎(背骨)の中を守られるように下へと走っている。そして、脊椎の各所にある脊椎管から脊髄神経となって外へと出て、全身へとつながっている。

 脳と脊髄は、3層構造の膜によって包まれるようにして保護されており、その中は髄液で満たされている。つまり、脳や脊髄は、髄液の中に浮いている状態なのだ。脳を豆腐に例えるなら、水の中に豆腐がプカプカ浮いているようなもの。

 この髄液は、無色透明な液体で、脳と脊髄の間を循環している。絶え間なく作り出され、そして排出され、一定の圧力が保たれている。横に寝た状態で7~15水柱センチメートル(1水柱センチメートルは0.01水柱メートル)*1が正常な圧力なのだが、何らかの原因で髄液が漏れ出してしまって、髄液が減少し、その圧力が低下することを脳脊髄液減少症という。

 髄液が減少するとどうなるか?

 髄液の中に浮かんでいた脳が下に沈んでしまう。そうなると、脳と脳を包んでいる硬膜の間に隙間が生じ、脳と硬膜をつなぐ血管や神経が引っ張られてしまい、激しい頭痛や吐き気など様々な症状を生み出す。

交通事故やスポーツ事故で発症

 発症のきっかけは何だろう?

 脳脊髄液減少症の存在を日本で最も早く見つけ出し、治療法を研究し、治療に取り組んできた脳神経外科医の篠永正道氏は、その著書『低髄液圧症候群の決定的治療法』(日本医療企画)の中で、髄液が漏れる原因を、概略、次のように述べている。

 脳や脊髄を包む3層構造の膜の一番外側は、硬膜という頑丈な膜になっているが、脊髄から神経が出てくる神経根と呼ばれる部分は薄くなっている。外部から何らかの大きな衝撃が加えられると、硬膜と神経根の間に隙間が生じ、髄液が漏れると考えられる、と。

 簡単に言うと、外から加えられた大きな衝撃によって、脊髄を包む膜の一番弱い部分が損傷を受けて、そこから髄液が漏れるのだ。

*1=圧力の単位で、1水柱メートルは水圧1メートルのこと。1水柱センチメートルはその100分の1。SI単位に換算すると1水柱センチメートル=98.06パスカル。