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 デザインは、企業が⼤切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営みである――2018年に経済産業省・特許庁が発表した「デザイン経営」宣言の一節だ。世界の有力企業はデザインをどのように経営戦略の中に位置づけ、ブランド価値の向上やイノベーションの実現を成し遂げてきたのか。本稿では、『デザイン経営 各国に学ぶ企業価値を高める戦略』(小山太郎著/中公新書)から内容の一部を抜粋・再編集。イタリア、アメリカ、中国、韓国、北欧、そして日本を代表する企業の事例を取り上げ、デザインをてこに競争力向上を図る経営の在り方を解説する。

 世界屈指のIT企業IBMで、ヴァージニア・ロメッティ前CEOが導入したデザイン思考は、社風や製品・サービスを一変させた。同社が推進するデザイン経営と、その取り組みがもたらしたイノベーションとは?

トップダウンでデザイン経営を導入――IBMの事例

■ デザインプログラム局の創設

 約30万人もの従業員を抱えるITのトップ企業であるIBMは、人工知能(AI)、ブロックチェーン、量子コンピューターなどの最先端分野のリーダーである(13)

 2012年以降2020年まで、CEOのヴァージニア・ロメッティがトップダウンでデザイン思考を導入していた。というのも、個人のソフトウェアと業務ソフトウェアとの間をユーザーがシームレスに行き来するといった、ビジネス上の課題を解決するためではなく、単に技術的に進んでいるがために新機能を開発することがそれまでしばしばあったからである。

 ロメッティは、社内にデザイン思考を浸透させるため、デザインプログラム局(DPO。図3-3)を設置し、25万人以上の社員に対してデザイン思考のトレーニングを実施するとともに、部門横断チームを通じて2500人のデザイナーが採用されるように手配したのである。

(13)本節は、Datar et al. (2021) に基づいている。
(14)Ibid. p.17