自分の強みは何かを問え

岩倉 ドラッカーの本を読んでいておもしろいと思うのは、個人から家族、企業、社会、国へと規模はどんどん大きくなったとしても、その原点は「人」にあるという主張が貫かれていることです。その人間が自分自身の人生をデザインしたり、マネジメントしたりする。

 そういう観点に立ってみると、企業も社会も国も、本当にもう個人の人間形成と同じようなプロセスを辿(たど)っていく。そのことをドラッカーはきっと理解しておられたんじゃないかと思うんですよね。

柳井 そのとおりだと思います。本田さんもドラッカーも、やっぱり「個人」ですよね。一人の個人がいかに幸せに一生を過ごすか。その人生の中で、会社というものを扱って、よい社会をどう実現していくか。ですからドラッカーは、企業のみならず、社会や国、逆に最小単位となる個人まで、本質は何かということを一貫して見据えていたということでしょう。

 本田さんも同じように、個人主義者ですよね。だから日本の代表的な社長でありながら、考え方のバックボーンはグローバルに通用するものがあったんじゃないかと。そこが一般的な中小企業の経営者との違いじゃないでしょうか。

岩倉 本田さんはよくグローバルな人だとか、国際的な人だという見方を皆さんからされるんですが、僕たちが接していた本田さんは、すごく日本的なんですね。

 柳井さんは今後ますます世界へ出ていかれるにあたり、2012年から社内の公用語を英語にすると言われていますよね。すると皆は「日本をどうするんだ」と騒ぐんですが、でも柳井さんは日本人であり、日本に生まれ、日本語で物事を考える。ただそのコミュニケーションのツールとして、英語を使われるだけだと思うんです。

柳井 そのとおりです。表面的な部分だけにとらわれると見えてこないと思うんですよ。我々は今後、世界中で事業を展開していこうと考えている。その時には当然、世界中の人たちとコミュニケーションをしなければなりません。

 でもその時に外国人が日本語を完全に理解できるかといえば難しいと思うんです。するとビジネスでの公用語は何かといえば、やっぱり英語しかないんですよ。それを、日本を捨てて西洋の国に支配されるように捉えてしまうこと自体、非常に狭い考え方だと思うんです。

 我々は日本の企業で、日本のDNAを持っていて、思考や文化の基準はあくまでも日本なんですよ。結局、我々が世界に出ていった国で最終的に聞かれるのは「どこ出身で、どういう人間で、どういう企業か」ということです。すると我々の強みも弱みも、日本出身であるという一点にしかない。

 ドラッカーは「あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。弱みによってではない。最初に問うべきは、我々の強みは何かである」と述べています。

 人間でも企業でもそうだと思うんですが、弱い点よりも、強い点をより強くすることが大切で、その強いところを生かしていく。世界で評価されるのは、やっぱり強い点ですよね。だから我々の強み、あるいは日本や日本企業の強みはどこにあって、どうしたら世界中の人々に理解してもらえるかを、日本人や日本の企業は考えなくてはいけないと思うんです。

岩倉 同感ですね。少し話が飛びますが、柳井さんを見ていて思い起こされるのは、空海(くうかい)の生き方です。空海が自分の生まれた讃岐(さぬき)から出家(しゅっけ)、つまり家という温かい場所から出る。その次に目論(もくろ)んだのは「出国家」で、今度は自分のいる国を出ようとした。そうやって、いまいる所を出ることによって、外から自分のいる場所を見ることができなければ、井の中の蛙(かわず)になってしまうと思うんです。

写真=上野隆文

岩倉 信弥(いわくら・しんや)

昭和14年和歌山県生まれ。多摩美術大学卒業後、本田技研工業入社。大ヒット車シビックやアコードのデザインをはじめ、日本カーオブザイヤー大賞、日本発明協会通産大臣賞、グッドデザイン大賞、イタリアピアモンテデザイン大賞など受賞歴多数。その他の代表作にアコード、オデッセイなど。デザイン室の技術統括、本田技術研究所専務、本田技研工業常務などを歴任。平成11年同社退職後、多摩美術大学教授就任。16年立命館大学経営学博士。22年より多摩美術大学名誉教授。

写真提供:共同通信社

柳井 正(やない・ただし)

昭和24年山口県生まれ。早稲田大学卒。46年早稲田大学卒業後、ジャスコ入社。47年ジャスコ退社後、父親の経営する小郡商事に入社。59年カジュアルウエアの小売店「ユニクロ」第1号店を出店。同年社長就任。平成3年ファーストリテイリングに社名変更。11年東証1部上場。14年代表取締役会長兼最高経営責任者に就任。いったん社長を退くも17年再び社長復帰。

<連載ラインアップ>
第1回 「世界」を常に意識した本田宗一郎が、部下に繰り返し投げかけた質問とは?
第2回 ユニクロ柳井正氏は、なぜドラッカーを読んでもピンと来なかったのか?
第3回 「企業は誰のものか」の答えとは? 会社の本質を見抜いたドラッカーの名言
■第4回 がむしゃらに働くと、なぜ仕事は面白くなるのか?(本稿)
■第5回 ユニクロ柳井正氏が捉えた、本田宗一郎とドラッカーの共通点とは? (10月18日公開)

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