そもそも日本は医薬品分野に限らず、スタートアップとVCをめぐる状況で停滞を続けており、これが日本経済凋落の一因となっている。象徴的なのが平成元年(1989年)と令和元年(2019年)のグローバル時価総額トップ10社の顔触れである。

 平成元年はNTT、日本興業銀行、住友銀行がベスト3で、10社中7社が日本企業だった。しかし令和元年になると日本企業はゼロ、GAFAMやアリババなど米中のテック系企業が10社中7社を占めた。このテック系7社はすべて起業家がスタートアップとして立ち上げ、成長過程でVCの投資を受けた企業である。

 日本の経済安保をめぐる議論では、スタートアップの成長段階に応じた、VCの投資ステージの視点がしばしば欠落している。いわゆる基礎研究から事業化への「橋渡し」、あるいはワクチン戦略で「創薬ベンチャーへの長期的な育成・支援」や「戦略的資源配分」としか書かれていない、こうしたプロセスこそが重要なのである。

 スタートアップは、アカデミアの基礎研究や事業アイデアをベースとして、起業家が創業したばかりのシードステージから始まる。次が製品やサービスを開発するアーリーステージとなる。

 ここでは最初にVCが投資するシリーズA、組織や事業を立ち上げてゆくシリーズB、そして事業を盤石にするシリーズCと、資金調達を続けていく。シリーズが進むにしたがってVCの投資額も増えていく。

 しかしここまでに99%以上のスタートアップは淘汰される。毎年、世界で3500万社が起業、そのうちシードステージで投資を受けられるのは7万社、さらにアーリーステージでVCから資金を受けられるものは1万社まで減ると言われている。

 そして、シリーズD以降はレイトステージと呼ばれる。スタートアップは事業そのもので赤字が続くのが普通だが、レイトステージではエグジット(出口)の上場やM&Aを見込んで、黒字が出るビジネス体制を確立する必要がある。

 こうした投資ステージの視点は、医薬品開発において、臨床試験の第1相、第2相、大規模治験となる第3相まで生き残り、薬事承認を経て上市されるまでのプロセスと重なる。

世界初のコロナワクチン接種を実現させた英国ワクチン・タスクフォース

 コロナワクチンの実用化に向け、VCの視点を活かして成功したのが英国のワクチン・タスクフォース(VTF)であった。VTFを率いたのはバイオテクノロジー企業へのVC投資に長年、携わってきたケイト・ビンガムである。

 2020年5月、VTFの議長に就任した彼女は、英国が米国、EU、そして日本と比べ人口が少なく、市場が小さいことに最初から気づいていた。つまり調達合戦になれば米国どころか日本にも競り負ける可能性があった。