大林組 常務執行役員 DX本部長の岡野英一郎氏(撮影:今祥雄)

 2023年1月、建設業界に衝撃が走った。大手ゼネコンの大林組がBIM(Building Information Modeling)運用の自社ルールである「Smart BIM Standard」(以下SBS)を一般公開したのだ。

 BIMとは、コンピューター上に作成した3次元モデルに、建築物のあらゆる属性情報(材料、部材の仕様や性能、コストなど)を盛り込むことができる手法である。SBSは、大林組の建設プロジェクト関係者がBIMを等しく理解し、設計から施工まで一貫利用できるようにするために策定した、独自のルールだ。

 これまで日本の建設業界では、保守的体質、技術者育成不足、ROIの不明瞭さなど様々な理由でBIM導入が遅れてきた。大林組はBIMモデリングルールの標準化に取り組むことでBIM活用を促進し、建設プロセス変革を目指している。

「2024年度末までにBIM生産体制への完全移行を実現する」と語る、大林組常務執行役員DX本部長の岡野英一郎氏に話を聞いた。

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2023年12月27日)※内容は掲載当時のもの

SBSを一般公開した理由

──大林組は建設業界で初めてBIM運用の自社ルールを公開しました。なぜでしょう。

岡野 英一郎/大林組 常務執行役員 DX本部長

1982年大林組入社以来、一貫して国内外の建設工事に従事。国内では、品川のインターシティ他の建設工事の工事管理を担任、2019年本社建築本部工務監督。海外では、ドバイメトロレッドライン駅舎のCD(建築所長)、シンガポールの複合施設DUOの建設工事のPD(総合所長)などを歴任。建築本部BIM推進室部長、同iPDセンター所長、執行役員・デジタル推進室長などを経て2022年2月から現職。愛知県出身。

岡野英一郎氏(以下敬称略) これからの時代の建設業はBIMが当たり前になるという現実を踏まえた上で、自社が開発したルールを社内に留め置くのではなく、標準化ルールの一例として、広く業界の皆さまに知っていただくことが、日本の建設業界にとって望ましいと判断したからです。ほとんどの企業が、すでに何らかの形でBIMを生産フローの中で活用していることから、BIMそのものが「もはや競争領域ではない」という当社の考えもありました。

 そもそもBIMの強みは、その合理性と効率性にあります。BIMの最大のメリットは、BIMモデルそのものがデータの集合体であるということです。(単なる線分の集合体である)2次元図面と比較するのは全くナンセンスです。BIMは手間がかかるとか、難しいとかいう議論には未来がないということを、まず理解しなければなりません。

 そもそも、いまだに2次元の図面がまかり通っているのは建設業だけでしょう。電子部品から自動車、航空機、船舶に至るまで、さまざまな業界で3次元の設計図をもとに製品が製造されています。それもそのはずで、あらゆる物体の現物は3次元ですから、紙の図面(2次元)にわざわざ図面を書き直し2次元から3次元を想像させる生産プロセスは、現在では合理的ではありません。

 BIMへの完全移行は、当社が掲げる「生産DX」と同軸上に位置するものです。「生産DX」は、建設業の旧来のアナログな業務フローをデジタルフローに変えて生産性を改善し、利益をも向上させることを目指すものです。現在の喫緊の課題である長時間労働の削減、施工効率の向上、カーボンニュートラル社会の実現にも、大きく寄与するものと信じて疑いません。気候変動への対応やCO2排出量の算出などは、BIMを前提とした3次元モデルでサプライチェーンを管理しないと、正確なデータを取得、分析できないからです。

──BIM生産体制への完全移行は、大林組にとって必要不可欠だったということですね。移行の障害となるものはないのですか。

岡野 私は入社後、一貫して国内外の建設案件の施工管理業務に従事してきました。最初にBIMに触れたのは、2010年にBIM推進室の部長に就任した時でした。それから1年間かけて国内外の全ての事業所にBIMを導入しました。その後シンガポールに赴任し、責任者として携わった米国系企業プロジェクトでは、BIMを一貫利用することが契約上義務付けられておりましたが、多くのスタッフがBIMに高い順応性を示し、苦もなく3次元の生産体制下で業務を進めてくれました。このプロジェクトに続き、もう1件フルBIMの高層案件を経験し、シンガポールには、都合7年間程いたことになります。

 しかし、シンガポールから帰国後、BIM推進責任者のiPDセンター所長として痛感したのは、国内の2次元での作業に慣れている人たちにとって、BIMへの移行は想像以上に難しいという現実でした。 (海外赴任からiPDセンター所長に着任するまでの)8年間、当社のBIM推進はほとんど停滞していたように感じました。ゲームチェンジ(いわゆる、これまで築き上げてきた業務スタイルを変えること)は誰にとっても簡単ではないのでしょう。

 ただ一方で、2022年に当社の若い社員にアンケートをとってみると、「BIMへの移行はマスト」だという回答がほとんどでした。彼らはデジタルネイティブ世代ですから当然です。その中でも「BIM移行を阻んでいるものは何か」という質問への答えで一番多かったのが、「BIMのスキルを使う機会が少ない」という回答でした。

 とは言うものの、2023年現在、当社の各本支店においては確実にBIM活用が進行しています。「エスコンフィールドHOKKAIDO」(北海道・北広島市)や当社の次世代研修施設である「Port Plus」(神奈川県・横浜市)など、全店において自主的にBIMで一元管理するプロジェクトが増えています。こうした知見が積み重なり、2024 年度末の BIM 完全移行は、確実に現実のものになりつつあります。