ネスレ日本の法務部長を務める美馬耕平氏は、入社以来数多くのリーガルテックを自社に導入し、大幅な業務時間の削減、業務スピードの向上を実現してきた。その目的は「法務がビジネスのことを考える時間を生み出すこと」にある。法務部門を業務のサポート役からビジネスをリードする存在へ変革させる、同社の法務DXの現在地と今後の方向性について美馬氏に聞いた。
法律事務所所属の弁護士が民間企業に移った意外な理由
――弁護士事務所で働いていた美馬さんが、事業会社であるネスレ日本の法務に移った理由は何でしょうか。
美馬耕平氏(以下・敬称略) 弁護士という仕事をしていて思ったのは、日本では、社会と弁護士との距離が非常に"遠い”ということです。圧倒的に多いのは、個人も企業も、トラブルが発生してどうにもならなくなった段階で、初めて弁護士のところに来るケースです。弁護士側としては、「昨日来てくれれば、こんなことにならずに済んだのに」と思うことも、よくありました。
そうであれば、自分が企業の側に移り、トラブルを未然に防ぐ役回りをこなすべきではないのか、というのが、民間企業の法務を志したきっかけです。そのような時に、当時の顧問先企業を通じてご縁をいただいたのがネスレ日本でした。
法務は法律という武器で事業成長を引っ張る存在
――美馬さんはネスレ日本の法務部長として、法務の役割を「事業の成功を実現させること」だと明確に定義しています。一般的な会社の法務は、事業部門の法律面のサポート、バックオフィス部門といったイメージがありますが、法務主導のビジネスとは、どういうものでしょうか。
美馬 具体的な例でお話しします。当社は2016年ごろから働き方改革に着手し、2017年に時間に縛られない働き方として「ネスレ日本型ホワイトカラー・エグゼンプション」を導入しました。
これは、社員個人が働く時間や場所を自由に決められる制度です。いわゆるコアタイム、フレキシブルタイムといった働く時間帯の規定もありません。
ただ、スムーズに導入できたわけではありませんでした。日本の会社では前例がない制度だったため、制度の策定を進めていた人事部門では法的な判断が難しく、法務に相談が来たのです。
法務では、労働基準法の裁量労働制を適用して、しっかり内外に説明できる形に制度を作り上げました。同時に、メンタルヘルスに影響が出ないように、法律が要請している最低限のレベルにこだわらずメンタルチェックを行うことや、裁量をもって働くことができるかどうか上司がちゃんと確認するチェックリストを作るなど、人事制度の骨格を提案しました。
また、現在は販売を終了した製品ですが、当社製品のプラスチック容器の完全リサイクルを目指したプロジェクトでも、法務が積極的に参加して事業のローンチを実現しました。
飲料の容器を消費者から回収する仕組みを作りたかったのですが、使用済み容器をそのまま回収することは、廃棄物処理法に抵触します。そこで私たちが対応策を考え、容器の回収を「キャンペーン」として行い、空の容器を、キャンペーンの「応募券」とすることで実現できないかと考えました。関係各所や法令を確認し、実現可能だと分かったため、回収キャンペーンをスタートすることができました。
これらは、法務部門が自らアイデアを出して、実現のために外堀を埋めたことで、そのビジネスの立ち上げを可能にした事例です。