日経ビジネス前副編集長 上阪欣史氏(撮影:内藤洋司) 日経ビジネス前副編集長 上阪欣史氏(撮影:内藤洋司) 

 国内製鉄事業で4期連続の赤字からV字回復を果たし、2022年3月期連結決算で過去最高益を達成した日本製鉄。危機的な事態を脱した背景にあったのが、2019年から5年間、日本製鉄の社長を務めた橋本英二氏による「聖域なき構造改革」だ。その橋本氏が率いる日本製鉄を長期にわたり取材してきた日経ビジネス副編集長(現日本経済新聞編集ユニット記者)の上阪欣史氏が2024年1月、書籍『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』(日経BP)を出版した。同氏に改革の舞台裏や、未曽有の危機を乗り越える鍵となった抜てき人事について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」(今回)
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み

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伝統的な大企業を変えた「橋本氏の強力なリーダーシップ」

――著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』では、日本製鉄が過去最大の赤字からV字回復した軌跡が描かれています。そもそも、なぜ日本製鉄をテーマに選んだのでしょうか。

上阪 欣史/日経ビジネス前副編集長

1976年兵庫県西宮市生まれ。2001年立命館大学産業社会学部卒、日本経済新聞社入社。社会部などを経て08年から産業部(現・ビジネス報道ユニット)。機械、素材、エネルギー、商社などの企業取材に携わる。17年から日本経済新聞デスクを務め、21年から現職。再び機械や素材などものづくり産業を担当する。

上阪欣史氏(以下敬称略) 元々、私自身は製造業、特に素材や、素材を加工する機械設備といった上流工程のものづくりに強い関心を持っていました。

 日本経済新聞社の企業報道部(現・ビジネス報道ユニット)で鉄鋼業界を担当していた2016年にも同社を取材したのですが、2022年に久しぶりに取材をした際、まるで別の会社のように感じられたのです。

 例えば、利益率の高さや意思決定のスピード、経営者や社員の顔つきや話しぶりなど、6年前と比べて驚くほど様変わりしていました。「日本製鉄がここまで変わった理由を詳しく知りたい」と考えたことが、同社をテーマに取り上げた理由です。

 また、取材の中で前社長の橋本英二氏(現在は会長兼CEO)というリーダーに接し、過去最大の赤字からV字回復を果たした要因が橋本氏の改革力にあったことを知りました。70年の歴史を持ち、連結社員数11万人弱の大企業をここまで変えたリーダーシップとは何か、改革についてきた社員は何を考えていたのか、取材を通じて明らかにしたいと思いました。

――取材を始めた2022年の春というと、改革の成果が業績にも表れ始めた頃ですね。

上阪 そうですね。日本製鉄は2018年から赤字が続き、2020年3月期連結決算では約4300億円という過去最大の最終赤字となりました。そこからV字回復を果たし、過去最高益を記録したのが2022年3月期の連結決算です。

 また、2019年、にはインドのエッサール・スチールを買収して発足した合弁会社「AM/NSインディア」(AMNSI)に新たな高炉(鉄鉱石とコークスを高温で反応させ溶けた鉄を作る炉)を2基造ろうとしています。さらに、2022年5月には自動車用高級鋼材「ハイテン」のライン新設のために総額2700億円を投じる決定をした、というリリースを出しました。

 構造改革というと多くの場合、守りを重視するものです。しかし、日本製鉄は業績回復するやいなや、素早く攻めに転じています。こうしたダイナミックな改革を目の当たりにして、「変化の過程を探ることで、日本の大企業が変わるヒントが見えてくるに違いない」という思いを抱き、本書を著すことを決めました。