人材を成長の起点に据える「人的資本経営」が注目されているが、日本企業にとっては、まだ緒についたばかり。経営戦略と結びつき、人事部門と事業部門をまたぐ広範な取り組みとなるため、本腰を入れたいものの、どこから、どう始めたらよいかわからない企業も多いのではないだろうか。

 本連載では、デロイト トーマツ コンサルティングにおいて人材変革を手掛けるコンサルタントが、人的資本を中心に据えたこれからの経営改革について実務の視点で徹底解説。第1回は、人的資本経営における中計策定のステップと人的資本経営の担い手である「人」のマネジメントについて解き明かす。

(*)当連載は『「人的資本経営」ストラテジー』(デロイト トーマツ グループ 人的資本経営サービスチーム著/労務行政)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
■第1回 「人的資本経営」成否の鍵を握る?「人的資本中計」とは何か(本稿)
第2回 未来型CHROの役割とは?これからの人的資本経営で求められること
第3回 人的資本経営を支える「未来型」HRテクノロジーの姿とは
第4回 人的資本経営に不可欠な「データの標準化」が、日本企業でうまく進まない理由


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1 これからの日本企業に必要な人的資本中計とは

[1]方針めいたものしか存在していない、“人”に関する計画

 多くの企業において、中長期の経営計画や短期的な事業計画を策定することは至極当たり前のことである。おおよそ、3年〜5年スパンで全社の中期経営計画(中計)を策定し、それに併せて事業計画を策定し、さらに、経営環境の変化に応じて単年度事業計画や場合によっては経営計画の見直しを行う。このサイクルを常に回し続けることで、スピード感をもって適切な判断を下すことができるようになる。

 一方で、“人”に関する計画についてはどうだろうか。人に関する計画と聞いて最も多く想起されるのは、「採用計画」ではないかと思われる。つまり、次年度・次々年度の新卒採用を何人にするべきか――という、非常にピンポイントな検討は行われているだろう。また、中期経営計画の中でも通常、多少なりとも人に関して触れられている部分は存在している。例えば、少し前だと「グローバル人材」、最近では「DX人材」といった文言が計画の中に組み込まれていることはよくあるだろう。

 しかしながら、中計に記載されている「○○人材の強化」とは、具体的にどういうことなのか。すなわち、その会社における○○人材とは、どのようなスペック(コンピテンシー・知識・スキル・経験等)を有した人材で、いつまでに何人規模で必要なのか。それらの人材を確保するために、新卒採用・中途採用・育成・異動等、どのような施策をどの程度実施すべきなのか――といった詳細な計画にまで落とし込まれている場合は稀(まれ)だ。ほとんどの場合には、大きな方針めいたものしか存在していないというのが、よく見る光景である。

 本来、ビジネス戦略を実現するに当たっては、その実行を担う“人”という資源を会社としてどのように獲得し、マネジメントし、活用していくべきかを、具体的にプランニングすることが必要不可欠である。

 つまり、各事業や機能における戦略を具体的な業務に落とし込み、その業務を実際に行う際に必要な業務体制を想定し、必要な人員数とそれぞれのポジション・役割を担う人材に求められるスペック(コンピテンシー・知識・スキル・経験等)を明らかにする。そして、そのあるべき業務体制に求められる人材の量・質と、現有人材の量・質のギャップを明らかにし、そのギャップを埋めるための施策を検討することが求められている。こうした検討を行って初めて、“人”という資本を最大限活用できるのである。

 加えて、現場からボトムアップ的に上がってくる人員要求は、往々にして過大になりがちである。そのため、限りある人的資本を、会社として許容可能な範囲でどの事業・機能にいつ何人投入していくべきか、また、現場が求める人材スペックを充足するための打ち手を、どのような順番でいつ講じていくべきか、その優先順位の判断を行い、ビジネスゴールの実現に向けた具体的な道筋を描くことが必要となる。