近年、企業価値を持続的に向上するためには、人的資本が重要な役割を果たすことが共通の認識となっている。そもそも企業価値とは何なのか、企業価値とウェルビーイングの関係性とはどのようなものなのか。そして日本人のウェルビーイングを向上させるためには、どのような施策に取り組むべきなのか。公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事を務める石川善樹氏に、人的資本経営の観点からその詳細を語ってもらった。
※本コンテンツは、2022年9月12日(月)に開催されたJBpress/JDIR主催「人・組織・働き方イノベーションフォーラム」の基調講演「企業価値とウェルビーイング~人的資本経営の観点から~」の内容を採録したものです。
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企業価値をめぐる2つの派閥:シングル陣営か、ダブル陣営か
従来は人事管轄とされていた「ウェルビーイング」が、近年においては経営の重要な根幹となりつつある。2021年には日本経済新聞社が「日本版Well-being Initiative」を創設し、会員企業には味の素やEY Japan、キリンホールディングスなどが名を連ねている。こういった、経営の根幹としてウェルビーイングを捉え、ウェルビーイングの波を起こしていこうという動きは、多方面で起きている。それは、ウェルビーイングが経営において重要な指標であるという認識が広まってきたから」だと、公益Well-being for Planet Earth代表理事の石川善樹氏は分析する。
ウェルビーイングが経営の管轄になってきた理由を考える上で、そもそも企業価値とは何なのか、ウェルビーイングの立ち位置はどこにあるのかを検討する必要がある。石川氏は「教科書的な話になるが」と前置きした上で、次のように解説する。
「具体的に企業価値とは、『シングル・マテリアリティ』と『ダブル・マテリアリティ』の2つの立場に分類できます。シングル・マテリアリティは、企業価値を考える上で重要なものは1つであるという立場です。一方、ダブル・マテリアリティは企業価値を考える上で重要なものは2つあると考えます。立場の異なる2つの考え方が生まれる理由は、『誰が価値を規定するのか』が異なるからです」
シングル・マテリアリティを採用する陣営(以下、シングル陣営)は、主に株主や投資家が価値を規定するのに対して、ダブル・マテリアリティ陣営(以下、ダブル陣営)は株主や投資家、従業員、取引先、地域など、全てのステークホルダーが価値を規定する。ゆえに「会社は誰のものであるか」という問いに対して、前者は「株主のものである」とし、後者は「全てのステークホルダーのものである」と答えるのだ。
「価値を誰が規定するかによって、何が価値であるかも変わる」と同氏。企業価値は将来キャッシュフローだと捉えるシングル陣営に対して、ダブル陣営は将来キャッシュフローといった財務価値だけでなく社会価値にも重きを置き、加えて、それらを長い時間軸で追求する傾向にある。そのため両者は対立を乗り越えづらいのだ。
「両者は価値創造の過程も異なります。シングル陣営は、将来キャッシュフローというアウトプットが工場のラインを流れるように生まれてくるという素朴な考え方をします。それゆえ、アウトプットの源泉となるインプット、つまり有形資産や無形資産についての情報公開を求めるのです。一方のダブル陣営は、どのステークホルダーとどんな価値をつくり出すのかに注目します。ステークホルダーとともに価値創造していくことを重視するからです」
石川氏は、両者の考える企業価値とウェルビーイングの関係性にも言及する。
「シングル陣営にとってウェルビーイングはあくまでも手段であり、従業員のウェルビーイングが悪化していないかを気にかけます。ウェルビーイングの悪化は生産性の低下に直結すると考えるからです。ダブル陣営にとってのウェルビーイングは目的そのものです。このように両者には大きな違いがありますが、『ウェルビーイングが大事である』という点は共通していることを鑑みれば、企業価値を考える上でのウェルビーイングの重要性も分かるはずです」