「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳)。「SDGs」「ESG」「サステナビリティ」などの言葉が普及し、多くの企業で取り組むべき重要課題として受け止められるようになった。だが、自社の成長と、環境問題・社会問題の解決を両立させるイメージがつかめず、SDGsに関する目標などが“お飾り”になっている企業もあるのではないだろうか。
 
 本連載では、サステナビリティのコンサルティングの第一人者である水上武彦氏が、ビジネスとサステナビリティを結びつけ、長期的に「儲かる」ものにするための経営やマーケティングの手法について、先進事例を交え、分かりやすく解き明かす。第3回は、イノベーションの大家クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を振り返りながら、サステナビリティが求められる時代に、短期的に顧客の声に耳を傾けることで、長期的な競争力を失うリスクをどう克服するかについて、イタリア大手企業の成功事例をもとに解説する。

(*)当連載は『サステナビリティ SDGs以後の最重要生存戦略』(水上 武彦著/東京書籍)から一部を抜粋・再編集したものです。

 本書の出版を記念して、著者が副理事長を務める一般社団法人CSV開発機構が「CSV開発機構オープンセッション(シンポジウム)」を開催する。詳細は、同機構ホームページを参照のこと https://csv-jp.org/?p=2858

<連載ラインアップ>
第1回 ポーター、ドラッカーに学ぶ、サステナビリティにおける企業の役割とは?
第2回 なぜ今、コトラーの「マーケティング3.0」に再注目すべきなのか?
■第3回 サステナビリティにも「イノベーションのジレンマ」が存在?(本稿)


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クリステンセンとサステナビリティ経営

 イノベーションの大家クレイトン・クリステンセンは、イノベーションのジレンマなどの優れた洞察に基づく研究や著作で、多くのビジネスパーソンに影響を及ぼしている。また、クリステンセンは、人格者としても、多くの人々の生き方に影響を与えている。

 クリステンセンのイノベーションのジレンマの考え方は、短期的視点で既存の顧客、ステークホルダーの声に従うがゆえに、中長期的な失敗を導くという意味で、サステナビリティとも共通しているところがある(*4)

*4『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』、クレイトン・クリステンセン、翔泳社、2000年

 イノベーションのジレンマの考え方は、こうだ。優良企業は、顧客の意見に耳を傾け、顧客が求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資するがゆえに、また、市場の動向を注意深く調査し、最も収益率の高そうなイノベーションに投資するがゆえに、その地位を失う。その原因となるのが、「(ローエンド型)破壊的イノベーション」だ。

「破壊的イノベーション」は、低価格、低性能のローエンド市場向け製品・サービスとして現れる。ハイエンド市場の顧客向けに高性能で収益率の高い製品・サービスを提供する優良企業は、これを無視する。いや、高性能や高利益率を求める顧客や投資家の要求、それに適応した社内プロセスのために無視せざるを得ない。

 しかし、「破壊的イノベーション」は新しい製品・サービスであるがゆえにその進化も早く、短期間に十分な性能を持つに至る。「破壊的イノベーション」が十分な性能を持つに至ったときは時すでに遅く、十分な性能と価格競争力を持った製品・サービスが既存企業の顧客とその地位を奪ってしまうというものだ。

 サステナビリティに関しても、同様なことが起こっている。短期的な視点で顧客や株主の声に従ってサステナビリティに背を向けると、長期的な競争力を失う可能性がある。それを克服するには、リーダーシップが重要だ。