シリーズ「リテールの論客に聞くDXの論点」の最終回。前回、前々回では「小売業界の現状と変革の進捗度」並びに「小売業界が変革を起こしにくい背景」について語っていただいた。
 最終回のテーマは「どのようにすれば、日本の小売業界に大変革を起こせるのか?」。熱く議論を交わしていただく。

小樽商科大学教授 近藤公彦氏(左)、流通ジャーナリスト 白鳥和生氏(中央)、神奈川大学准教授 中見真也氏(右)

大変革を起こすために何が必要か?

編集部 それでは結論に向かっていきましょう。ズバリ、大変革を起こすためには、何がポイントなのでしょうか? 必要なことは何なのでしょう?

・不透明な時代だからこそ、トップのリーダーシップが最重要

近藤公彦氏(以下、近藤) これまでも繰り返し出てきましたが、第一にトップマネジメントでしょう。トップが変革の意味をきちんと理解して、自社をどの方向に導くかをしっかり描くことです。DXの目的が、例えば「お客さまに新しい顧客体験を提供する」ということであれば、そこにどんなデジタル技術が必要であるかをトップがしっかり描き、問題意識をもって取り組んでいくということに尽きるのじゃないかと思います。社内にもきちんとトップの意思を伝え、同じ方向に導いていくトップのリーダーシップが、今後はますます必要になるでしょう。

 小売業だけが、もはや小売りの機能を担う時代ではないということを、知っておく必要があります。前回も話が出ましたが、今、どんどん他業種が小売業に参入してきており、D2Cのマーケットも拡大してきていますよね。デジタルの進歩により、これまで顧客と接点のなかったメーカーも、SNSなどを通じて新しいタッチポイントを開発しています。

 じゃあ、既存の小売業はどうあるべきか? これまでの内向きな体質から脱却して、外へ外へとつながりを広げて他業種を結び付けるような「ハブ」の機能をぜひ持ってほしいと考えます。前回、「ドラッグストアは、もはやドラッグストアではない」という話をしましたが、顧客の悩みに寄り添ってソリューションを提供するためには、企業間や業界間も横断したネットワークが必要だと思うのです。その中心にあるのが小売業であってほしい。顧客と直接関われる小売業だからこそ、そのエコシステムは実現可能なのだと思います。

・CDOに本来の仕事をさせているか?

中見真也氏(以下、中見) 近藤先生のおっしゃる通りで、やはりトップの話に帰着すると思います。改めて伝えたいのはもう一度、トップが「顧客視点」に立っていただきたいということ。これだけお客さまが変化している時代で、自分たちはどうあるべきか、パーパス(存在意義)という視点からも含めて、自社はどういうお客さまのために存在し、どう生かされていくのかをしっかり描いてほしいと思います。

 その上で、どうDXをするかの話なんですが、それは人材に対しても同じで、DXが推進できるように人材を守っていくことが重要なポイントなのです。例えば、最近は社内にCDO(最高デジタル責任者)を置く企業も増えてきたのですが、なかなか本来の仕事をさせてもらえない、力を発揮できないという話もよく聞きます。

 つまり、現行の業務や既存のビジネスモデルからすると、DXの分野は時に反発を買うことも多いのですよね。リアルと共存していく過程の中でどうしても軋轢が起こる。その時、トップがきちんと判断して、覚悟をもって、CDOを守っていかなくてはいけないと思うんです。例えば、「DX特区」をつくって、かなりのスピードでDXを推進した企業もあります。でも、そうした仕組みは、やはり、トップでなければできない。

 じゃあ、トップだけの問題かというと、やはり、ミドルの役割も非常に重要なのです。例えば、トップが描いたビジョンに対し、どこをDXするかはミドルじゃないと分からない。全てをデジタル化する必要はないわけで、ここで必要になってくるのが「プロセスの可視化」です。どういう工程でモノが流れ、お客さまの元に届き、どのように使われ、また、繰り返し利用していただくために、どんなプロセスを経ているか。それぞれの工程でKPIを立て、共有した数値で検証して初めて可視化できる。

 ここはミドルがとても重要です。サイロ型の組織だとどうしても自分の部署の数値だけにとらわれて部分最適の思考に陥ってしまいますが、組織の壁を越えた全体最適の視点で「どこをDXすればよいか?」を判断していくことが必要なのだと思います。そういう意味でも、ミドルには変革の旗手としての役割を期待したいです。実際に変革を動かしていくのは、やはり、この人たちが中心になっていくべきだと思うので。

・今こそ、創業者精神を!

白鳥和生氏(以下、白鳥) 小売業も徐々に代替わりが進み、創業の世代から、第二、第三の世代になってきているのですよね。創業者はビジョンや、ロマンや、パーパスを語り、旗を立てる力があった。でも、果たして今、それらを情熱をもって語る経営者がどのくらいいるだろうかと思うのです。やはり、トップのリーダーシップという話に戻るのですが、バックキャスティング(最初に目標とする未来像を描き、未来から現在へとさかのぼって描くこと)的な思考で、「われわれは未来にどういう消費社会を描いて、その中で自社はどこに位置していて、何を提供していて、そのために今なにをすべきか」ということを、しっかり描き、もう一度熱く語ることから始めてほしいと思うのです。

「どんな未来をつくるか」の答えはなかなか出せないと思いますが、イメージを持たないとやっぱり、改革はできないと思うのですよね。例えば、ダイエーの中内さんは「日本の物価を二分の一にする! アメリカに負けない豊かな生活を日本中に届ける!」といった強いビジョンの元、ダイエーを創業された。小売業というのは生活に密接で消費者に近くて、本来、非常にパワーのある業種なのだと思うのです。まさに、社会を変えていけるような。そういう意味でも、トップにはもっとロマンを語ってほしいし、旗を立てる覚悟を持っていただきたいと思うのです。

編集部 トップのリーダーシップやマネジメントがいかに重要かということがよく分かりました。では、一体、何から始めたらいいのでしょうか?

・勘や経験からの脱却

白鳥 あえて言わせていただきたいのですが、一番やらなきゃいけないのは、経験とか、勘とか、度胸とか、そういう属人的な思考から脱却することですよね。デジタル化をするにあたって、実はそういう経験値が邪魔することも多いのじゃないかと。先ほど中見先生もおっしゃっていたように、工程を「見える化」して数値化していかないとボトムアップの変革はできないし、トップも現場で今、何が行われていて、どこが問題で、どこが行き詰まっていてということが見えないと思うのですよね。

 だから、まず、何から手を付けるかというと、トップが未来をしっかり描く一方で、現場は現場のリーダーを中心に工程をしっかり精査する、どこが自社のボトルネックで、どこにデジタル化が必要なのか、逆にどこはデジタルではなく、ハイタッチで進めていくか、しっかりトップに提案することがまず第一歩かと。実は、それが一番できていないのが日本の小売業だと思うのです。

・あなたの会社の「パーパス」(存在意義)は?

近藤 まず、「どこから始めるか?」でいえば、私はやはり、パーパスを明確にすることだと考えますね。つまり、わが社は何のために誰のために存在しているのかということです。ここがブレると、全てがブレてしまう。次のステップになかなか円滑に進めないと思うのですよね。

 そもそも、小売業という産業がなんのために存在しているのかというと、消費者の「購買代理業」であり、品揃えによって、その存在価値を示していくことだと思うんです。品揃えというのは、言い換えれば、ソリューション。未来をイメージして、どんな消費社会になっていて、そこにどんな課題があって、どんなソリューションが必要とされるか? ここを描くことが、まずは第一歩ではないでしょうか?

・共通の数値で語る重要性

中見 今の白鳥先生、近藤先生のおっしゃる通り、まずはトップマネジメントでパーパスを明確にし、その上でミドルが業務フローを「見える化」することだと思います。結局、KPIやKGIをベースに議論が進んでいかないと、何がボトルネックになっているか見えないし、共通の課題にならない。共通の課題になっていないから、「さて、どこから始めようか?」という話になってしまう。まずは、業務フローを数値化と共に「見える化」することから着手していただきたいです。