第1回「小売業界の現状と変革の進捗度」では、日本の小売業界の現状と変革の進み具合について、それぞれの視点から課題や、商機、方向性について述べていただいた。2回目の今回は「日本の小売業界における変革の可能性」について議論を深めていただく。

小樽商科大学教授 近藤公彦氏(左)、流通ジャーナリスト 白鳥和生氏(中央)、神奈川大学准教授 中見真也氏(右)

小売業界は変革を起こしやすい? 起こしにくい?

編集部 日本の小売業界は変革を起こしやすいのでしょうか? 起こしにくいのでしょうか? そう考える背景も併せてお伺いしていきます。

・「しがらみ」を生みやすい小売業の構造

近藤公彦氏(以下、近藤) 今の状況が変革しやすいかどうかといった局所的な話ではなく、小売りという産業としては、やはり「変革は起こしにくい」と言わざるを得ないでしょう。一方で、コロナ禍において、消費者の生活や行動の変化に最も影響を受けた業界でもあったので、DXがことさらに期待される業界でもあったと思います。そういう意味において、業界内でも非常にジレンマを抱えていることでしょう。

 産業構造的に、まず小売りは顧客数が膨大ですよね。かつ、仕入れ先(取引先)の数も非常に多く、サプライチェーンを含めたら、そのつながりや関係性は天文学的数字になります。関係性が存在するということは、そこに「しがらみ」が生まれ、変革が起こりにくい状況に陥ってしまう。こちらが良くてもあちらが納得しない、というような”がんじがらめ”の状態になって、「どこも触れない。メスを入れられない」と膠着してしまうのだと思うのです。

 変革は起こしにくい業界ではありますが、だからこそ、消費者や社会の変化を考えれば、実は最も変革を起こさなければいけない業界でもあると思います。

・実は日本は恵まれてる?!

白鳥和生氏(以下、白鳥) 近藤先生のおっしゃる通り、小売業は労働集約型でもあるし、関わる人の数も圧倒的に多いですもんね。だからこその難しさがあり、簡単に変革を起こすのはなかなか難しいと思います。

 では、一方で、なぜ、アメリカの小売業はDXが進んでいるのかについて考えてみたいと思うんです。実は、日本というのはマーケットが潤沢なんですよね。もはや、それが当たり前で気付けなくなっているかもしれないんですが。どれほど人口減少といわれても、やはり、1億人強の同一言語のマーケットがあるのは、世界的に見ても恵まれていると思うんです。ひょっとしたら、そこにあぐらをかいてきてしまったのではないか、と。

・「顧客がいる以上、変えるべきではない」が変革を遅らせる

中見真也氏(以下、中見) 分かります。白鳥先生のおっしゃることに通じますが、やはり、日本の小売業は地域密着で商いをすることがベースだったんですよね。地域に愛され、地域のお客さまを相手にしていれば、成り立ってしまう、といいますか。一方で、近藤先生のお話にもあった関係性やしがらみの話で言うと、地域に密着すればするほど、どうしても、しがらみが生まれやすいし、変革も起こしにくくなってしまう。お客さまがちゃんといる、それは言い換えれば、そこは守るべきで変えるべきではない、という力が作用してしまうのではないか、と。

 そうした中で、第1回でもお伝えしたんですが、やはり、ドラッグストア業界が変革を進めてきていて、その要因を考えることは、今後の小売業の未来を指し示す上でヒントになるのでは、と思うんです。

編集部 前回、ドラッグストア業界は内部の変革も進んでいるというお話がありました。もう少し具体的にお伺いしてもいいですか?

・攻めと守りで他業種を引き離す「ドラッグストア」

中見 まずは、食品のシェアが急速に伸びており(2022年7月現在、58%の比率)、「フード&ドラッグ」というポジションで業種内競争が加速しています。でも、単に「食品が伸びているから」という点だけにフォーカスすると、本質を見誤ると思うんです。ウエルネス関係できちんと利益を守っているからこそ、新しい分野(食品、PBなど)に果敢にチャレンジできている。つまり、攻めと守りをしっかり組み立てて次の手を打ってるんですよね。

 それには、やはりきちんと顧客の情報を管理し、ワントゥワンの提案ができていることが大きいと思うんです。前回も述べたように、元々、POSデータをうまくマーケティングに活用する術に長けているというベースがあったからこそ、なんですが。

編集部 少し引いた目で見ると、例えば、ドラッグストア業界はローコストで出店できたり、人件費も抑えやすい業態だといわれます。そういう点でも有利なのでは?

・ドラッグストアの強みは「エンゲージメント」

中見 確かに、経費を抑えられるという点においては、おっしゃる通りです。でも、急成長の理由はそれだけではなくて、やはり、ベースに調剤や処方という薬局としての重要な存在意義が明確にあるからだと思うんです。薬局はただの物販ではないですよね。処方箋とか「お薬手帳」を介して、直接、お客さまとやりとりをしてきたから、エンゲージメントを醸成できたと思うんです。コロナ禍で人と人との接触頻度が減ってしまい、だからこそ、処方箋を介した顧客との直接の関わりが改めて、その存在意義を浮き上がらせたのではないでしょうか?

 それらも、全てデータとして蓄積できるだけのインフラが既にあったことが、他の業態を引き離した要因だと思います。さらに、そのデータを生かして、一人一人のお客さまの状態に寄り添った提案や関わりができていることが一番の強みです。ここは、ほかの業態ではまねできません。ただの購買データではなく、お客さまのお悩みや不調や定性的なことも含めた、さらに言えば潜在的ニーズをも含有したデータです。まさに宝です。

・ドラッグストアは、もはやドラッグストアではない?

近藤 ドラッグストアはもはや、ドラッグストアではない、ということですよね。薬という入り口から、食、ウエルネス、生活全般を全て網羅できるという。ドラッグストアの競合は近隣のドラッグストアではなくて、コンビニやスーパーマーケット、総合スーパーと戦っている。こうした業態を超えての競争は今後、ますます進んでいくでしょうね。

・地元スーパーを取り込んでハイブリッド業態へ

中見 そうなんです。まさに近藤先生のおっしゃるように、ハイブリッドの戦いなんですよ。例えば、「クスリのアオキ」はその地域のスーパーを買収して、そのスーパーの看板でもある惣菜をドラッグストア内で販売しています。競合するのではなく、共にお客さまのために良い商品・サービスを提供しようという点において、まさにハイブリッドで勝負を仕掛けています。共闘と言ってもよいかもしれません。

・小売業の救世主は「よろず相談」

白鳥 まさに、強さを発揮してますね。改めて、ドラッグストアの強みというのは、かなり日常生活に根差しているところなんですよね。今、商圏人口がどんどん減っていて、現状は5000人くらいでも成り立つ業態が増えてきているんですよね。今後、高齢化や過疎化が進む中で、こうした狭小商圏での業態を確立しているという点において、ドラッグストアは一歩抜きんでていると思います。

 私は、これからの小売業は「よろず相談」の機能を持っている店舗や業態が生き残ると思ってるんです。狭小商圏時代に入り、顧客シェアを獲得するためには「うちはドラッグストアですが、リフォームも取り次ぎますよ」というような、まさにお客さまのお困りごとや生活支援に至るよろず相談ができることが、最大の強みになっていくと思います。例えば、「今度、孫が入学するんだけど、ランドセルはなにがいい?」というようなことも気軽に相談できる関係性ができていて、また、店舗もそうした情報をきちんと顧客データ化して、メーカーを取り次いだり、受注生産につなげたりみたいなことも、可能性はどんどん広がりますよね。

 ウォルマートがスーパーセンターを開発したときも、(低価格な)食品を入り口にして、顧客の心をガッチリつかんだ上で、転換していきました。こういう転換というか、進化が日本のドラッグストアでも起こる可能性はあると思います。

編集部 今、日本の高齢化というお話が出ましたが、やはり「高齢化問題」は今後、小売業界が変革していく上で、やはり大きな問題になってくるのでしょうか?

・リアル店舗は「歩いていける距離」がスタンダードに?

白鳥 そこは間違いなく、大きな問題であり、日本の小売業のテーマでもあると思ってます。今後、ますます、狭小商圏時代に入るだろうといわれるのは、例えば、高齢化が進み、運転免許の返納も起こりますよね。すると、「歩いて行ける距離」が商圏になります。ドラッグストアは既にそこを見据えて狭小商圏モデルの確立に動いていると思います。あと、今年(令和5年)から電子処方箋がスタートします。また、マイナンバーカードと保険証がひもづいて、顧客の情報が今後、ますますデータベース化されるでしょう。

 ドラッグストアは一層、そのデータを生かした戦略を仕掛けることが可能になります。中見先生のおっしゃるように、ドラッグストアが他の業態をますます引き離していくことになりそうです。