カインズやワークマン、ベイシアなどを擁し、1兆円超の売り上げ規模を誇るベイシアグループ。2019年にデジタル戦略を柱のひとつとする中期経営計画を発表したカインズを筆頭に、DXによる経営の構造改革に乗り出し、世界的なニューリテールのモデル企業群となることを目指している。各社の個性を尖らせる「ハリネズミ経営」というユニークな戦略を持った同グループのDXの取り組みの現在、そして見据える将来の展望を、ベイシアグループ総研執行役員 IT統括本部長、また同グループCDO/CIOを務める樋口正也氏が語る。
※本コンテンツは、2022年9月26日に開催されたJBpress主催「第9回リテールDXフォーラム 小売業に求められる『攻め』と『守り』のDX」の特別講演1「ベイシアグループのハリネズミ経営とDX~現状から将来への展望とビジョンへ」の内容を採録したものです。
個性を尖らせて強みを磨く、ベイシアグループのハリネズミ経営とは?
2022年、東急ハンズをグループ企業の一員に迎えたベイシアグループは、1958年の「いせや」の創業から60年余で、3万人近い従業員を擁し、売り上げ1兆円の規模に成長してきた。その大きな要因を「分社経営とPB(プライベートブランド)化」と分析するのは、ベイシアグループCDO/CIO樋口正也氏だ。日本IBMでの26年にわたるキャリアを経て、昨年ベイシアグループに着任した。現在はグループのDX戦略を担う株式会社ベイシアグループ総研の執行役員 IT統括本部長も兼任している。
まず樋口氏は、2022年1月に『日経コンピュータ』(日経BP社発行)に掲載された、ベイシアグループの経営を「ハリネズミ経営」と紹介する記事を引用し、グループの特色を「各社各様に、ハリネズミの針のように強みを尖らせて磨いていくこと」と語った。その一方で、グループ共通領域では、経営は「縁の下の力持ちに徹する」とする。
「ホールディングス型の企業では、グループ企業の上にかぶさるかたちで標準化を進める結果、個社の個性を潰しかねないケースも見られます。私たちは逆で、グループ全体を効率化やコスト削減で、下から支えていきたいと考えています」
樋口氏は、個性的な個々のグループ企業を、ITの観点を交えながら紹介していく。1社目は、コロナ禍で需要が劇的に伸びた、キャンプ・アウトドア業界への参入で注目を集めているワークマンだ。同社ではテントやシュラフに必要な撥水性や耐久性に優れた生地に、作業服で培った商品開発力を生かしていることで知られる。だが、それ以上に「アンバサダー」と呼ばれる顧客=ユーザーを巻き込んだマーケティングが重要な要素だという。
アンバサダーはワークマンのヘビーユーザーであり、SNSのインフルエンサーでもある。彼らにワークマンの製品に対する率直な感想や助言をもらい、開発した製品をYouTubeなどSNSで発信してもらう。こうした声は、現場の製品開発のヒントや広告になるだけではない。IT側でAIによる自然言語処理による自動解析を用いて、商品改善要望や他のブランドとの比較傾向などをリアルタイムに取れる情報源にもなっている。
また同社は「ワークマン女子」に象徴されるように、女性向けのファッションでも大きな反響を得ている。さらに、ワークマンシューズという新たな専門業態も始めている。
「我々は『ずらす戦略』と呼んでいますが、強みを徹底的に生かしながら、同時に少しずつ新しい市場やジャンルを開拓する。こういった点が、ワークマンの力の源泉だと感じています」
細分化した顧客ごとの売り場デザインと、顧客の声に応える商品開発力
グループで最も大きな売り上げを占め、ホームセンターを展開するカインズは、ユニークで高品質、しかも安価なPB品が大きな特色だ。また、コロナ禍の折には、タレントの森泉さんを中心にDIYのYouTube ライブを発信し、家の中で楽しみを得られるきっかけづくりをするなど、ファンエンゲージメントの強化にも努めている。
生活用品、プロ向けの工具、ガーデニング、ペットなどさまざまな商品分野を持つカインズは、顧客ごとにペルソナを細分化して売り場をデザインする。また、商品を中心としたコミュニティづくりも意識している。「例えばカインズはペット用品を取り扱っていますが、モールの前にはドッグランも設置しており、ここでできた仲間同士で一緒に買い物を楽しんでいただくことを想定しています。グリーン、ガーデニングでも同様の取り組みを行っています」と樋口氏。さらに先日発表されたレジなし無人店舗に触れ、「まだ実証実験の段階ですが、これから効率化された最新の店舗の設計が進んでいくでしょう」と今後の展望を語った。
衣食住の「食」を担うベイシアも、ユニークなPB品が商品の約3割を占める。例えば「ブリヒラ」は、冬が旬のブリに、年間を通して旨味が安定しているヒラマサを掛け合わせた交配種だ。またアセロラの粉末を加えた飼料で養殖した「アセロラ真鯛」は、魚の鮮度を高く保ちながら、アセロラのビタミンC効果も期待できるという。こうした他社にはないユニークなPB商品を生み出す商品開発力の鍵となるのは、「顧客の声を集めて、本当に顧客が求めている商品をタイムリーに提供すること」だ。そのための仕組みとして、AIを使って口コミなどを分析している。
さらにベイシアはネットスーパーで楽天と協業し、即時性のあるデリバリーを実現している。「食には、トレンドが非常に大きな意味を持ちます。この点が、楽天と組んだ意義でもあります」と樋口氏は語る。