思い起こせば、国内で第1号の新型コロナ感染が確定されたのが、2020年1月15日のこと。あれから、丸3年が経った。この3年の間、世界は大きく変わり、わが国の経済活動にも多大な影響を与えた。とりわけ、小売業界は、従来の「対面」ありきの顧客接点を根底から見直す、大変革を迫られた業種の一つだ。
 その小売業界にはどのような大変革が起こったのだろうか?そして、それは企業に何をもたらし、結果、人々の生活はどう変わったのだろうか? あるいは、変革はまだ道半ばなのだろうか?であるならば、あと何が必要なのだろう?
 コロナ禍3年の現状を見据えつつ、未来への展望を、リテール業界を代表する3人の専門家に聞いた。

小売業界の現状は明るい? 暗い?

編集部 小売業界の現状を明るいと捉えていますか? 暗いと捉えていますか?

・コロナを経て、新たな顧客体験、タッチポイントは確実に増えた

近藤 公彦/小樽商科大学 副学長・教授

1961年京都府生まれ。1984年同志社大学商学部卒業、1990年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。現在、小樽商科大学大学院商学研究科アントレプレナーシップ専攻(専門職大学院)教授。2005〜2006年米国ノースウェスタン大学大学院客員教授。日本マーケティング学会理事。2020年近藤公彦・中見真也編『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(千倉書房、2019年)にて、日本マーケティング学会「マーケティング本大賞2020」受賞。

近藤公彦氏(以下、近藤) 一言で、明るい、暗いのは判断できませんが、一つ確実に言えるのは、コロナ禍に背中を押されるかたちで、デジタル化が進んでいるのは事実ですよね。それにより、消費者の負担を軽減し、より買いやすく、より多様なタッチポイント(セルフレジ、ライブコマース、オンライン接客等)が開発されて、結果、新たな顧客体験を創出できているという点においては、良い方向に向かっていると感じます。

 ただ一方で、小売業は構造的に損益分岐点が高いので、何らかの影響ですぐに赤字に転落してしまう。今後を明るくする方向性を考えるならば、コストを下げるという点において、デジタルの活用はまだまだ伸ばせるのではないかと思います。

 例えば、棚卸しや検品、発注や物流においても、デジタルによる自動化が進めばコストは下げられますよね。また、従業員の研修などもオンラインを通じてかなり低コストで実施可能になった。勤怠管理やシフト作成もデジタル導入で、かなり負担は減るはずです。

 また、eコマースによるデータも、この3年間でかなり蓄積されているはずで、より精度の高い需要予測が可能になったり、無駄な販促や発注、生産も減らせるだろうと、期待できます。

・小売業の低収益性が露呈。原材料費、光熱費が利益を圧迫

白鳥 和生/流通ジャーナリスト

1967年長野県生まれ。1990年明治学院大学国際学部卒業後に日本経済新聞社入社。専門は流通、消費。2020年日本大学大学院総合社会情報研究科でCSR(企業の社会的責任)を研究して博士(総合社会文化)の学位を取得した。

白鳥和生氏(以下、白鳥) 私も、一概に明るい、暗いのは言いにくく、というのも、コロナ禍において、小売業は一喜一憂してしまった業界だと思うのですよね。

 スーパーマーケットなどの食品小売業は(ステイホームによる)コロナ特需があり、一気に業績を伸ばしました。でも、現状は来店頻度の減少が顕著で、非常に懸念されます。withコロナ時代のニューノーマルでは買い物に行くという消費行動自体が減ってしまい、(特に店舗は)従来の顧客基盤が大きく揺らいでしまった。それに追い打ちをかけるように、電気代の上昇がかなり利益を圧迫していますよね。例えば、ライフコーポレーションは、前期に比べ、約40億円、電気代が増加する見通しを発表しました。社長の言葉を借りれば「稼ぐ力」は伸びても、なかなか利益を残せない、というのが実態ですよね。

 また、キャッシュレス化が進み、キャッシュレス手数料が負担になっている点も見逃せないと思っています。キャッシュレス化を進めたいけれど、利用すればするほど、これまた利益を圧迫し、痛し痒しの状況だなぁと思います。

 長らく日本の小売業が抱えてきた低収益性の課題が、ここに来て一気に露呈しています。食品小売業に限らず、アパレルも一層縮小が進んでいるし、住環境関連(インテリア・生活雑貨等)も、円安のあおりを受け、今後もしばらくは利益確保は厳しいのではないか、というのが、現状の見立てです。

 変革という視点で見ると、確かにここ数年で進んだと思いますが、置かれている状況は厳しい、というのが私の考えです。

・注目すべきはドラッグストア業界

中見 真也/神奈川大学 経営学部国際経営学科 准教授

専門はマーケティング戦略論、流通システム論。東芝、朝日新聞社、日産自動車にて、長年、国内外のブランドマーケティング、事業企画業務などに重視する傍ら、学習院大学経済経営研究所にて学術面での小売イノベーション研究に従事。編著に『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(千倉書房)、『小売DX大全』(日経BP)がある。日本マーケティング学会理事。

中見真也氏(以下、中見) 明るいか、暗いかという視点で言うと、少なくとも、DXに対して投資をしている企業は、コロナ前に比べると圧倒的に増えていますよね。総合スーパーのイオン然り、コンビニ各社然り、(程度の差はあれど)デジタル化を積極的に推進している点については、小売業界全体として、明るい兆しはあると見ています。

 しかし、業態によって、かなり凹凸出ているように思われます。理由は後ほど述べますが、食品小売業は、なかなかDXが進んでいないと思っています。総合スーパーは、事業構造自体の変革を進めており、その中でDXが果たす役割は大きく、かなり進めてきたと思います。

 注目すべきは、ドラッグストアです。勢いも含め、コンビニをもしのぐ業態へと進化しつつあると見ています。背景として、もともとPOSシステムをベースとした、N1分析(1人の顧客を購買モデルとして徹底的に掘り下げ分析すること)に長けており、データドリブン的な経営、体制が成立していた、という点が他の小売業とは大きく違います。あと、オーナー企業が多いため、トップダウンでDXを推進することができ、とにかく、スピードが速いのが特徴です。

 ホームセンターは、やはり、コロナ特需の恩恵を受けた業種の一つではあるのですが、現状は、原材料費高騰や、円高の影響もあり、やや厳しいのではというのが私の見立てです。