持続可能性が重要になる中、企業は世間から自社の「パーパス」について問われ続けています。日本企業は今、どのようなパーパスを定め、そうした問いに答えていくのか。インタビューを通してひも解いていきます。第1回は学研ホールディングスです(インタビュー・構成/岩崎由美)

瀕死の会社を立て直す

 宮原博昭氏が社長に就任した2010年、学研ホールディングスは経営危機に陥っていた。しかし、宮原社長の手腕により、13期連続増収、営業利益は8期連続増益と、V字回復を果たしている。社長就任から12年後の2022年9月末決算では、売上高1560億円(前年同期比3.8%増)、営業利益64.3億円(前年同期比3.0%増)、経常利益69.3億円(前年同期比13.1%増)と、堅調な数字である。この学研ホールディングスは「パーパス」について、どのように考えているのだろうか。

宮原 博昭/学研ホールディングス 代表取締役社長

1959年広島県生まれ。防衛大学校卒業後、貿易商社を経て、86年に学習研究社(現 学研ホールディングス)入社。学研教室事業部長、執行役員、取締役を歴任し、2009年学研ホールディングス(以下HD)取締役に就任。学研塾HD、学研エデュケーショナル、学研教育出版の代表取締役社長兼任を経て、10年12月、学研HD代表取締役社長に就任。教育と医療福祉を中核とした事業改革を牽引し、13期連続増収、8期連続増益のV字回復を果たす。
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座右の銘:逡巡の罪
尊敬する経営者:稲盛 和夫
変革リーダーにお薦めの一冊:『言志四録』(著・佐藤 一斎)

 私が社長に就任するまでの20年間減収が続いていました。一時は1750億円ぐらいあった売り上げが780億円まで減り、その過程で内部留保も500億円ぐらいあったのが底をついて空中分解寸前だった。瀕死の状態だったので、未来の光を見せるどころではなく、まずは生き残らなければならない。立て直す手段として『原点に返る』という選択をしました。創業者の古岡秀人が学研を創業したときの志である『戦後の復興は、教育においてほかにない』という信念のもと、さまざまな事業を推し進めました。弊社は『パーパス』をまだ明確には制定していないのですが、弊社の『存在意義』はそこにあるかと思います」

 かつて防衛大学校で戦闘機のパイロットを目指していた宮原社長は、神戸で勤務地限定職として学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社した。誰よりも大きな結果を出してもそのポジションゆえ、正当に評価されなかった。阪神淡路大震災で多くの教室が被害に遭い、復旧プランを作成しても受け入れてもらえなかった。悔しい思いをする中で本当になすべきことを行うときや人を助けるときに権限が可能にしてくれることを痛感する。

 2004年、東京の本社勤務となり、そこから6年半、51歳で社長に就任。「お前は逃げず、玉砕しないから任命した」と前社長から言われたそうである。

ベクトルを一つにする

「当時、みんなが360度違う方向に向かって進んでいました。未来志向で頑張っている人もいれば、自分の部署ぐらいは赤字でも大丈夫だと思っている人もいる。まさか、学研がつぶれるわけはないという思い込みなんですね。そこで原点である『強い学研の復活』に立ち戻ることにしたんです」

 役立ったのが、防衛大時代のパイロット訓練での経験である。パイロットは、肉眼で周りのものを見ながら飛ぶ有視界飛行と、視界がきかない時に計器だけを見て操縦する計器飛行と、両方できる必要がある。当然、社長というポストは、自分の目で全て見られるわけではない。真っ暗な経営状態の逆境を持ちこたえるためには、過去にさかのぼってPLやBS、社員の年齢構成といった膨大なデータを分析し、それらを計器代わりに赤字を解消すべく「航行スケジュール」を決めた。覚悟を決めて、外部環境と内部環境を分析して進むべき道を判断していった。

「有視界飛行の感覚を大事にしながら計器飛行をしました。数字は、隅から隅まで見ました。1つの数字でも、それが本当に頑張った結果の数字なのか、これから頑張ろうとしている途中の数字なのかによって、価値が違います。数字の向こうにある努力や可能性、数字の裏の現場を見る必要があります。社員にもリアルな数字を全部見せました」

 さらに「V字回復をする企業は結構ありますが、し続ける企業は少ない。弊社もご多分に漏れず、4年目でこのままいくと増収増益にならないという危機に瀕しました。緊張感や改革ってそんなに長続きしないんです。危機感を持ち続けられるようになるまでしっかりとやらないと駄目です。それに気付き、取り組んだことによりおかげさまで13期連続で増収、8期連続で増益が達成できています」。宮原氏は、冷静に立て直しをやり抜いたのである。