ソフトバンク コーポレート統括 人事本部 本部長 兼 Well-being推進室 室長 源田泰之氏

 2020年代は世界を襲った新型コロナに始まり、異常気象、戦争など企業を取り巻く環境は大きな変化にさらされている。従業員約2万人を抱える巨大企業 ソフトバンクは、変化に対応するため、社員の成長を重視し人的資本をフル活用しようとしている。14年にわたり人事部門で現場を見てきたリーダーが、人材育成の現実解を語る。(インタビュー・構成/指田昌夫)

<編集部からのお知らせ>
本記事でインタビューした源田泰之氏も登場するオンラインイベント「第2回 人・組織・働き方イノベーションフォーラム」を、2022年11月21日(月)、11月22日(火)の2日間にわたり開催します!

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源田氏の「人的資本最大化を実現するためのソフトバンクの人材戦略」と題した講演のほか、『多様性の科学』『才能の科学』の著者、マシュー・サイド氏や、日本マクドナルドやウォルト・ディズニー・ジャパンで人事を務め、現在は関西学院大学院客員教授の落合亨氏、カゴメ常務執行役員CHOの有沢正人氏、サッポロビール人事部・部長の内山夕香氏など豪華講師による注目講演多数! オンラインセミナー「第2回 人・組織・働き方イノベーションフォーラム」参加登録受付中

人事の極意は「心・技・体」を逆に進めること

――人事部門に異動して14年ほどということですが、異動当時はどんな状況だったのでしょうか。

源田 当時は、ソフトバンクが日本テレコムやボーダフォン日本法人を買収し、各社の社員がちょうど集まっていたときでした。人事部にも各社の社員が集まっていて、面白かった。

 面白いというのは、3社の人事はそれぞれ、発想がまるで違っていたからです。どちらかというと、やってみよう的な発想のソフトバンクに対して、日本テレコムは非常に堅実だった。一方、ボーダフォンは半分ぐらい外資っぽい形で、多様性に満ちた職場でした。

――大規模な組織同士を一つにまとめることは大変ではなかったのですか。

源田 そうですね。私が鮮明に覚えているのは、当時の人事部長で、現在は当社の専務執行役員 兼 CHROを務める青野史寛の言葉です。「人事は『心・技・体』の逆」と話し、実際にその言葉通りに3社の人材の統合を進めました。

 まず「体」が大事。人事部門はこの階、営業部門はこの階という形で、3社の社員を部署ごとに同じフロアにギュッと集めました。最初に、物理的に同じ空間に置くことで、互いを知るべきだと考えたのです。

 次に、「技」として、人事制度の統合を進めていきました。その際、買収側のソフトバンクのルールで全て統一するのでなく、3社の中で一番いいと思うものを、素直に採用する方針で進めました。当時、ソフトバンクは研修制度がそれほど充実してはいなかったのですが、日本テレコムには体系化したいい仕組みがあったので、採用しました。それが、現在の「ソフトバンクユニバーシティ」の原型になっています。

 そして、ここまでやって初めて、ビジョンや価値観の共有という、「心」の部分を固めていきました。

環境は変わっても、人事の使命は一つ

――以来、14年間で人事を取り巻く環境は大きく変わりました。

源田 そうですね。ただ、人事の仕事の本質は変わらないと思います。「人事」と書く通り、私たちの仕事は人と事業をつなげるものだということです。人事部は、事業の進化や発展に寄与する組織でなければいけません。そのため、まず事業を知らなければ人事はできないということを、基本として持ち続けてきました。

 事業のこと、社員の気持ち、さらに言えば、世の中の人材に関する価値観がどう変わってきているのかを理解しなければいけません。多岐にわたる情報を収集し、社内外の人との接点を追い求める必要があります。特に、外部の専門家との交流は心掛けています。

――人事本部長として、どのような人材を育成したいと考えていますか

源田 今の社員にとって重要だと思うのは、自律的に考えられる人材であることです。人事部門は、社員の自律性を尊重し、サポートするものでなければいけないと考えています。

 実際、「人が事業を作る」と社員を大事にする一方で、社員が自律型の発想を持つと何かのきっかけで退職してしまうのではないかと恐れ、抱え込んでおこうと考えてしまう企業も少なくありません。

 私は、それは危ない発想だと思っています。オープン化して、自律的な社員を育てるからこそ、真の意味で人が事業を育て、事業も発展できるはずなのです。つまり、企業のためというよりも前に、長期的に社員のためになることは何かを考えなければ、結局のところ企業は成長の果実を手にすることはできないということです。

 ソフトバンクは、社内にいながら成長できたり、副業を通じて社外と交流するなど、いろいろな働き方ができる仕組みや制度を整えています。オープンな環境で社員の成長や自律的なキャリア形成を促すことで、「ソフトバンクに来たい」と思ってもらえる存在になりたいです。

 むしろ、いったんソフトバンクを離れた人にも、戻ってきてもらえるような会社でありたい。実際に、ソフトバンクから転職して、数年後に戻ってきてくれる社員もいます。

研修講師を社員中心にしている理由

――社内研修制度では、多くの社内認定講師が活動していることがユニークだと思いますが、これはなぜでしょうか。

源田 人事部に異動した際、私は人材開発の担当になりました。合併や統合などで事業が急拡大する中、社員の成長を支援する研修制度の企画などにあたりました。また、「ソフトバンクアカデミア」(ソフトバンクグループの後継者発掘・育成のための機関)の立ち上げなどを担当しました。

 社内講師を設けることになったきっかけは、私が人事に異動したときに、人材開発の担当として当時の研修を聴講していたときにありました。

 それはリーダーシップの研修で、外部の先生が当時の最新の理論について講義を行うものでした。非常に体系立てて整理された説明で、素晴らしい内容だったのですが、「何かが違う」と感じたのです。

 理由は2つありました。1つは、その先生はあくまで理論の研究者であるため、その方ご自身からリーダーシップを感じ取ることは難しかったからです。

 もう1つは、当社の研修は、リーダーシップを体系的に学ぶことが目的ではないと気付いたことです。学ぶべきものは、リーダーシップを仕事で発揮していくための実践的な方法論だという考えに至りました。

 そう考えて社内を見渡してみると、ソフトバンクは社内でプレゼンテーションをする機会も多く、手を挙げで自ら提案するという文化があります。そして、現場で活躍する優れたリーダーが数多く存在します。むしろ、社員に講師をお願いした方が効果的ではないかと考えるようになりました。

 試しに、私を含めた人事部門のメンバーで社内の研修を何回か実施してみると、十分にうまくいきそうだと分かりました。社内の実例を入れ込むことで、聴講する社員の食い付きも違って、本格的にスタートすることにしました。

 また、研修の継続性という意味でも、社内講師に価値があると思います。例えば、プレゼンテーションの研修を1時間ほど受けて、その直後から全員がスーパービジネスパーソンになれるわけではありません。実践してみると、すぐにはうまくいかないのが当たり前です。そのときに、社外の講師の場合、追加で気軽に質問することができません。社内の講師であれば、研修後にも質問や相談などのやりとりを続けて改善につなげられることが大きなメリットです。

 現在では、社内認定講師は約110人に達しています。研修の約9割は社内講師が行い、残りを外部講師にお願いしています。社外講師は、ソフトバンク以外のリアルな事例を教えてくれるという価値があります。外部の知見を入れた方がいいと判断したカリキュラムに関しては社外講師の方に担当していただくなど、内容に応じて社内外の講師を使い分け、質の高い研修を行えるように工夫しています。

打算ではなく“思い”が後進を育てる

――社内講師はどうやって選んでいるのでしょうか。

源田 講師は基本的には自分から手を挙げてくれた人で、全員、自分の経験を次の世代に伝えていきたいという思いを持っています。この方針が、10年以上にわたってこの制度を成長させてきたポイントの一つだと思っています。

 社内には2人の専任講師が在籍しており、彼らが、新しい社内講師に講義の仕方などのスキルをしっかり指導します。そのため、教えた経験がない、教えるのに自信がないという人でも全く問題ありません。スキルは後からでもすぐにキャッチアップできると考えていています。社内講師としてデビューするための指導を受けると、実際に皆さん上達します。

 ただ、講師自身の「思い」は非常に重視しています。やらされていると感じる人にはお願いしていません。評価のために社内講師をやろうとする人にも向かないですね。

――人材育成、活用は全ての企業にとって課題です。源田さんの考えるこれからの人事部門の在り方を教えてください。

源田 人事の仕事は、正解がこれと決まっているものではありません。刻々と変わる社会情勢の中で、自分の頭で考えていく必要があります。そして、もちろん、自社の状況と照らし合わせた施策を実施することが大事です。うまくいかないこともあります。ただ、正解はないとしても、正解らしきものを試してみることは重要です。

 もう一つ、人事は知らず知らずのうちに、自社の価値観に染まりやすい仕事なので、他社の人事部門の方との意見交換が非常に大事だと思います。そこから多くの気付きを得ることができるからです。今回の講演をきっかけに、皆さまと意見交換の機会が生まれることを期待しています。

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第2回人・組織・働き方イノベーションフォーラム」では、この他、『多様性の科学』『才能の科学』の著者、マシュー・サイド氏やライプニッツの代表取締役山口周氏、カゴメ常務執行役員CHOの有沢正人氏の講演なども予定されている。

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