大反対していた先代が、首を縦に振るまで
しかし、M&Aを成立させるためには、どうしても納得してもらわなければいけない相手がいた。先代であり、佐野の父親だ。
佐野の父親は70代。この世代は、やはり「ファンド」というものには、決して良いイメージを持っておらず、説得は難航した。
竹内にも直接会ってもらった。食事を共にし、人間性にも触れてもらった。
竹内の言葉には説得力があった。決して、人は辞めさせないこと。ブランドは守る、さらに、バリューアップさせること。金井酒造の歴史に敬意を払い、従業員さんと共に歩むこと。
なにより、佐野氏が、そのまま会社の代表を務めること――。
一つ一つ、丁寧に、誠実に伝えた。最後は、佐野自身が、極めて冷静に、父を説得した。普段であれば、感情的になりがちな親子関係であったが、暖簾を残す意味の重さと地元に根付いた商いの意味をとつとつと話し、全ての数字と業界内の話を腰を据えて語り合った。
父にも、やはり起業家の血は流れていた。もう一度、夢を見られるかもしれない。
孫やひ孫の時代には、全く新しい金井酒造の酒に出逢えるかもしれない――。
ようやく、父はうなずいた。2021年、夏のことだった。
佐野は、今、こう思う。
――会社を売ることは、決して恥ずかしいことではない――と。
何を、守るか、なのだ。何を大切にし、何を残すか、なのだ。
大切な従業員を守りたい。大切なブランドを残したい。何より、金井酒造のお酒を愛してくれるお客さまの笑顔を、この先もずっと見続けたい。それが叶うのならば、自身の小さなプライドや、同業者からの苦言や、ファンドに理解のない人からの心無い言葉も、取るに足らないことなのだ、と今なら思う。
しかし、当然ながら、M&Aの成立がゴールではない。本当の「再生」はここから始まる。
特に、本件は「人は変えずに、デジタルを導入する」ことを実現した、貴重な事例だ。デジタル機器にも不慣れな古参の従業員は、どのように変革を受け入れていったのだろうか。
シリーズ後編(11月8日配信)では、新体制となった金井酒造店が、どのようにDXを推進してきたか? その戦略と、現場の動きを追っていく。