くじらキャピタル代表の竹内氏(右から3番目)は「DX」により、日本の酒蔵文化のバリューアップを目指す。金井酒造店の佐野氏(左から3番目)は代表を継続し、人的リストラゼロで、新たなスタートを切る

社内メールアカウントがたった一つ?!

 M&Aサクシードのマッチングサイトを通じ、ファーストコンタクトから実に8カ月後にくじらキャピタルは、金井酒造店の事業を譲り受けた。しかし、正式発表前に、すべきことは山のようにあった。

 くじらキャピタル代表の竹内真二氏(以下、竹内)は、ここで決意する。

「覚悟をもって、金井酒造さんでデジタル変革を起こす!」と。

 竹内と、(くじらファンドの)インハウスのスタッフは、金井酒造店の本社に足しげく通い、現場の状況を一つ一つ確認した。

 例えば、こんなことがあった。「社内の情報共有はどのようにされているのですか?」と竹内が尋ねると、連絡用のノートと、古びたホワイトボードが出てきた。何より驚いたのは、社内にメールのアカウントが会社代表のそれしかないことであった。

 金井酒造店の従業員にとって、メールとは、社長の佐野博之氏(以下、佐野)が、社外の人間と連絡を取るもの、もしくはお客さまからの問い合わせに応じるものであった。従業員の多くは「会社の備品なんで勝手に触れてはいけないモノ。自分の携帯やPCは触れるけど、会社のPCは・・・」と思っていた。

 実は、大なり小なりこうした中小企業はまだまだ多い。デジタルツールが「自分事」にならないのだ。苦手意識や、デジタルアレルギーは、「君は触らなくていい」「これは決まった人だけが使うもの」という心理的バリアが影響している。だが、解決策は簡単だ。

 竹内が最初に行ったのは、従業員20人の一人一人のアカウントをつくることだった。そこから情報の一元化、社内コミュニケーションの仕組みが、ようやく生まれる。導入しやすく操作が簡単なSaaSのサービスを大いに活用した。

 もちろん、最初は戸惑いもあった。自分のスマホに社内情報が逐一届くことも、最初は驚きだった。しかし、使ってみると、さほど難しくないことに、従業員も気付く。プライベートで使用しているSNSと、基本的な操作は、それほど変わらない。

 ここで、DXで陥りやすい罠について伝えておきたい。「DX」=「デジタルツールの導入」と捉えている経営者、現場リーダーが、まだまだ多いということだ。つまり、従業員がツールを使いこなせるようになり、煩わしい手作業がなくなることで、満足してしまうのだ。ツールはあくまでツール。大切なのは、ツールを使った先に、何を生み出すか、である。

スケジュールの共有で、培われるタイムマネジメント

 そこで、重要なポイントが「スピード感」だ。

 佐野の言葉を借りるなら、「酒造業界は時間感覚が、緩やか」である。例えば、新しい酒を造るには、米作りから計画せねばならず、1サイクルは、おおよそ半年から3年である。自然が相手であり、いつしか、「待つ」ことにも慣れっこになっていた。

 しかし、その工程は、大きな余白を生み、生産性の向上を阻む要因になっていたことに、竹内は気付く。

 M&Aの正式発表までのスケジュールを、竹内はかなりのスピードで断行した。

 くじらファンドから5人のスタッフがプロジェクト担当になり、常時、2~3人が金井酒造店に入り、業務を共に進めた。プロジェクト管理ツール「Asana」を導入し、M&A特有の意思決定事項も、スピード感をもって進めたという。

 また、各セクションに分かれ、業務の棚卸しをし、「誰が、いつまでに、何を、どのレベルで」行うかを、全員で共有した。

 「明日までに、この作業をお願いします!」の時間感覚が、当初、金井酒造の従業員には、衝撃だったという。3年先を見て、動いてきた体感覚からすると、「ムリムリ!」という声も上がったと想像する。しかし、「会社が変わる」というのは、つまり、こういうことなのだ。「そのうちやろう」を「〇日までに」。「誰かがやる」を「担当者が責任を持って」。

 「紙ベース&アナログ」から「デジタルツール」へ。そうして、スタッフがよりクリエイティビティに注力できる環境を整える、ここが、DXの第一歩だ。

DXの導入により、作業効率は一気に加速する。画像は、後述するECサイトの販売状況をリアルタイムで確認する様子。リアルにお客さま動向が分かることで、素早く次の企画に着手できる