鹿島アントラーズ 取締役 金子有輔氏

 「鹿島アントラーズ」。知らない人を探すのが難しいほどのプロサッカークラブだ。常にJ1リーグで活躍し、これまでJ2降格はなし、国内外で20冠を獲得し、日本のサッカー界を代表する常勝クラブと言える。そんな鹿島アントラーズは、実はメルカリとユニークなDX戦略を進めている。今回は、鹿島アントラーズを運営する株式会社鹿島アントラーズエフ・シーが行った、社内DXと社外DXの取り組みを同社取締役 金子有輔氏に詳しく聞いた。「試合の勝ちにこだわる」鹿島アントラーズは、DXの何にこだわったのだろう。

鹿島アントラーズとメルカリという組み合わせ

 鹿島アントラーズは1991年に誕生し、93年のJリーグ発足時から参加しているオリジナル10と呼ばれるクラブで当初は当時の鹿島町を含む5町村と住友金属工業(現・日本製鉄)を含む43企業によって創設された。ジーコの加入、Jリーグ初代チャンピオンなど、茨城県鹿島郡から強力なメッセージを発信したのは印象深い。

 創設当初から住友金属工業が主な株主であったが、2019年、IT企業のメルカリが鹿島アントラーズ・エフ・シーの6割近い株を取得し筆頭株主になる。著名なIT企業が、スポーツチームやクラブに触手を伸ばすのは楽天やDeNAなど前例も多い。メルカリの経営権取得も、その流れの一環であり、企業の広報価値という面は確かにある。

 しかし、IT企業は物理的なモノが無いため、何かリアルな接点を求めるという素直な気持ちを持つことも多い。鹿島アントラーズへの経営参画にも、そうしたマインドはあって、当時、メルカリのSportsBusiness マネージャーでもあった金子氏は「アントラーズの『すべては勝利のために』というミッションのもとに全ての社員が必死に取り組む姿勢が、メルカリのカルチャーにすごく似ていました。自分たち以外で、こんな会社は見たことなかった。だから一緒にやりたいと思いました」と鹿島アントラーズとメルカリという組み合わせの必然性を説明する(以降、サッカークラブはアントラーズ、運営会社は鹿島FCと記載)。

 こうした背景があったため、メルカリは、アントラーズや鹿島FCに経営参画する際、両者に鹿島のホームタウンを掛け合わせて、クラブそのものだけでなく、街や地域にも新たな一石を投じて活性化したい、それもデジタルの力を使って行いたいというメッセージを発している。近しい気持ちを持った仲間を得て、メルカリも勇気を持って新たな一歩を踏み出せたわけだ。

新たな一歩はルールの見直し、紙からの脱却、ツールの活用

 アントラーズや鹿島FCという仲間を得たメルカリは、徐々にいろいろな改革を進めていく。その象徴として2021年に、アントラーズの50周年を迎える2041年をターゲットにした「VISION KA41に関するアップデート」を、アントラーズや鹿島FCが目指す経営戦略として発表した。「VISION KA41」は、メルカリ参加以前の2011年に発表されたものだが、今回はその内容をブラッシュアップした。詳しくは同社ホームページを参照いただきたいが、KA 41のロードマップでは、売上高を2022年の66億円から100億円を目指すと記載されている。

 これを達成するには、まず鹿島FCの効率化の必要があった。鹿島FCという屋台骨がしっかりしていないと、クラブも安心してサッカーに集中できないし、それでは100億など夢のまた夢だ。

 金子氏が鹿島FCに参画して最初に気が付いたのは、古き良き日本の会社を感じさせる「紙の多さ」「はんこの多さ」だった。このため、現社長の小泉文明氏とともに、金子氏は鹿島FCの業務分析を徹底的に始める。今の作業工程はどうなっているのか、そこから個々の工程の吟味を行い、この工程は本当にいるのか無くてもよいのではと議論を重ねた。「最初は、DXのツールを入れるとかではなく、業務そのものの要不要を判断し、無くてもよさそうなものを間引くという感じでどんどん削りました。これがデジタル前のトランスフォーメーションですね」(金子氏)。この結果、はんこが大幅に減った。

 紙については「なぜ、これを印刷するのですか?」といった質問から始めた。なぜなのかを聞いて、その後、「これ、印刷しなくてもよい可能性はありますかね」と問い掛けをする。こうしたやりとりで、徐々に紙を減らしていった。もちろん、無くす過程では、なんらかのデジタルツールを利用する。

 例えば、社員への情報伝達はチャットツールの導入で対応した。ただ、ここでも一気にチャットツールを入れて「これは、こう使うんですよ」と急いだ対応はしない。従来の情報伝達は1対1の会話、電話、回覧などが多かったが、それでは業務への浸透に時間がかかる。伝言ゲームは内容が変わってしまうなど課題を伝え、「1対多のコミュニケーションにはチャットツールが便利です」と同意を得てから「分かりやすくひも解いて、導入をしていく形をとらせていただきました」と金子氏は述べる。

 こうしてメルカリ側から導入を推奨したDXもあれば、鹿島FCの現場の気付きにより、回り出したDXもある。アントラーズが運営する選手育成を行う下部組織「アカデミー」には、常に多数の入会希望が寄せられているが、その申込書は紙で、現場では担当者が毎日、手で申込書のデータをシステムに入力していた。

 これを聞いた金子氏は「それはクラウド型のアンケートフォームに直接入力してもらえば自動的に表に転記されるので、よいのでは」と提案したところ、「紙じゃなくても良いのか!」という気付きが発生。そこで、金子氏は幾つかツールの使い方を紹介し「追加でお金かからないからどんどん使って」と言葉を添えたところ、現場担当者は自力でツールの利用法などを学び、今ではアカデミー運営チームは自力でどんどんDXを進めている。お互いが素直に会話することで気付きが生まれ、それが上手にデジタルとマッチできた事例と言える。

 こうして現場の気持ちに配慮して進められたDX導入だが、その過程で忘れられないのは、古参社員の声だったと金子氏は言う。ペーパーレスやはんこレスによってワークフローそのものが大きく変化したが、その導入がスムーズにいくか不安を感じていたところ、60歳を超えた鹿島FC施設管理の担当者が、このワークフローで最初に稟議を上げてくれて「こんな楽なもんないぞ。こんな楽なら俺の何十年はなんだったんだよ」と声を上げて喜んでくれた。この声で現場の雰囲気が一気に明るくなり、その後の導入がとてもスムーズになった。「これをメルカリの社員が言ったら、わざと言ってるじゃないかと思われますが、鹿島FCの最高齢に近い方が、声を出してくれたのは大きかったです」と金子氏は振り返る。