厳しい経済環境や自然を乗り越えてきた北海道発の小売り(ノーザンリテーラー)に迫る連載の第2回は、身近な存在だが意外に知られていない薬局チェーンの雄。「アイン薬局」で知られるアインホールディングス(HD)を取り上げる。病院で処方箋をもらって〝門前〟の薬局で薬をもらう「医薬分業」の進展の波に乗って瞬く間に日本一になった。

以前の社名は第一臨床検査センター、臨床検査受託が主力だった

 大型買収でライバルとの差をダブルスコアに――。2022年5月、調剤薬局やドラッグストアの業界関係者が驚きを持って受け止めたニュースが流れた。「アイン薬局」を展開するアインHDが約100店舗を持つファーマシィホールディングス(広島県福山市)を子会社化するという発表だった。アインHDはこれまで自前での出店とともにM&Aで店舗網を拡大してきたが、今回は最大の買収案件。薬局数は約1200店になった。この数字は業界2位の日本調剤(697店=2022年3月末)を大きく引き離す形になった。

 大谷喜一社長は「調剤だけで売上高3000億円がようやく見えてきた。診療報酬の改定によって状況は変わるが、早ければ2026年4月期までに全社の売上高5000億円を目指したい」と話す。そのためには「かかりつけ薬局」として生活者の生活に溶け込み、支持を得ることが不可欠とみる。このため2025年度までに全薬局店舗をさまざまな職種と連携して在宅や入退院時に対応していく「地域連携薬局」、もしくは特定の病気の治療を医療機関と連携して取り組む「専門医療機関連携薬局」にする構えだ。

 実はアインHDの以前の社名は第一臨床検査センター。調剤薬局が主力ではなく、臨床検査受託が主力だった。道内の病院を取引先に、肝臓・腎臓機能検査や細菌検査などを手掛けていた。元々、大谷喜一社長が1980年に札幌市内にドラッグストアを開業したのが始まりではあったが、その後に伯父から引き継いだ臨床検査会社の売り上げが小売り事業より大きかった。1997年の北海道拓殖銀行の破綻前はホームセンターや家電量販店などにも進出。ただ、拡大路線が裏目に出て業績が悪化した。

「将来のメインビジネスにはなり得ない」と売却、調剤薬局を経営の柱に

 この危機に対して、大谷社長は事業ポートフォリオを組み替えて大胆に方向転換することを決断する。ホームセンターと家電量販店を売却し、当時の主力事業だった臨床検査部門も「将来のメインビジネスにはなり得ない」(大谷社長)と判断。思い切って売却し、調剤薬局を経営の柱に据えて再スタートを切った。当時の医薬分業比率は15%程度で、処方箋薬を扱う調剤薬局は個人経営も多く市場が未成熟。ここに今後のビジネスチャンスがあるとみた。2002年に今川薬品(茨城県つくば市)と合併し、瞬く間に業界トップに駆け上がった。

 アインHDは今後もM&Aによる事業拡大を目指すが、かつての多角化による失敗の反省から規律のない拡大には歯止めをかける。大谷社長は「どんなに長くても5年くらいで投資回収できる範囲でしかM&Aはしない。買収先のキャッシュフローで買収代金を回収するのに何年かかるかを示す『EV/EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)倍率』で高くても6倍、おおむね3~4倍で買収している。そうすると3~4年で投資回収ということになる。だから競争入札では、ほとんど勝ったことがなく、相対交渉でのM&Aが多い」と話している。

セブン-イレブンの店舗で24時間、処方医薬品が受け取れるサービスを開始

 調剤薬局事業は規制緩和への対応スピードが鍵を握る。例えば、オンライン服薬指導。医師に薬を処方してもらうと、薬剤師から服用時の注意について説明を受けることになる。この「服薬指導」は直接対面が基本だが、規制緩和で条件付きながらオンラインでもできるようになった。普及はまだこれからとはいえ、新型コロナウイルスの感染対策になる面もある。使いやすくなることへの期待は大きい。服薬指導を受けた後の処方医薬品の受け取り方法の多様化を想定し、アインHDはさまざまな取り組みを始めている。

 例えば、2022年2月からはコンビニエンスストアのセブン-イレブンの店舗で24時間受け取れるサービスを始めた。対象は川崎市内の17店舗。同市内のアイン薬局アトレ川崎店で処方した薬を、ヤマト運輸が17店舗の宅配ロッカーに運ぶ。このうち7店舗は当日配送も実施。利用者の配送料負担は当面無料としている。

 オンライン診療を受けて自宅近くのコンビニで薬を受け取るといった利用を想定。薬機法(旧薬事法、正式名称は医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)は「薬の販売や陳列、配置」できるのを薬局などに限っている。宅配ロッカーでの受け取りは明確に禁じていないが、法律に触れるとみなす自治体もあった。今回はセブン-イレブン側が川崎市から了承を得た。他の自治体からも了承を得られれば、首都圏の約1000店に広げる。

 患者はオンラインなどで診療を受けた後、アインHDの薬剤師からオンラインや電話などで服薬指導を受ける。その際に渡されたパスコードをコンビニ店内の宅配ロッカーに入力し、薬を受け取る。全国の医療機関の処方箋に対応する。

22年春の660人に続き、23年春も600人の新卒薬剤師を採用

 国も薬剤師・薬局の〝かかりつけ化〟を後押ししている。病院における「かかりつけ医」と併せ、薬を処方する薬剤師・薬局が健康相談や薬の処方後の丁寧なアドバイスを行うことで医療の手前で疾病ケアを実施。それにより医療機関の負担が軽減され、医療費削減も期待できるという算段だ。地域連携薬局と専門医療機関連携薬局はどちらも認定を受けるには条件があるが、調剤薬局最大手として積み上げてきた店舗網とノウハウを最大限に活用してクリアしていく。

 新卒薬剤師の採用を2022年春には660人に拡大、さらに2023年春も600人と高水準の採用を継続する。2019年までの薬剤師の採用人数は300人に満たず、従来の2~3倍ペースだ。鍵となる人材育成も、高度薬学管理機能に関わる勉強会のほか、がん患者への緩和ケア、外来がん化学療法、HIV治療薬とAIDSをテーマにシリーズでオンライン勉強会を実施するなど、「認定薬局」として地域の医療のサポートを担う人材育成の体制を整える。

 2021年11月からはマネジメント専属社員(フィールドマネジャー)を配置した。薬局責任者は薬剤師の実務に専念し、マネジメント専属社員が複数店舗をカバーしながらマネジメント業務にあたる。役割分担を明確にし、運営を支える体制に移行した。これは資本業務提携するセブン&アイ・ホールディングス傘下のセブン-イレブン・ジャパンのオペレーションフィールドカウンセラー(OFC)制度を参考にしたものだ。

CFSコーポレーションとの経営統合の破談が自らをもう一度、見直す契機に

 話は変わるが、アインHDの成長の歴史で大きなトピックスがある。それはアインファーマーシーズ(第一臨床検査センターから社名変更)時代、ドラッグストア大手のCFSコーポレーション(現ウエルシアホールディングス)と経営統合で合意したものの、CFSの筆頭株主だったイオンの反対で統合が「破談」になった過去だ。「統合が成功していたら今とは全然違った会社になっていただろう。当時は残念な思いが強かったが、やはり調剤薬局による成長を目指すべきだと再認識した契機にもなった」と大谷喜一社長は振り返る。

 ただ、調剤だけではやがて成長は止まる。調剤薬局に続く柱として化粧品を強化したドラッグストア「アインズ&トルペ」の育成も急ぐ。若い女性をターゲットに大手ドラッグストアと差異化を図っており、繁華街や百貨店立地での店舗網を広げる。

 さらにアジア展開にも乗り出した。丸紅と合弁会社を設立し、2022年5月にマレーシア・クアラルンプールに海外1号店を出店した。マレーシアは化粧品などに関して人口当たりの支出が多く、アインズ&トルペがターゲットとするミレニアル世代やZ世代の人口比率が高い。SNS(交流サイト)をきっかけとした消費の増加などの行動変容が起きており、丸紅とアインHDは同国への展開を決めた。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、小売業界は市場縮小と再編の時代に直面している。この荒波の中で存在感を増しているのがアインHDのような北海道発のチェーン企業だ。1990年代後半、不況に強いコスト競争力を武器とした市場の席巻は「北海道現象」と呼ばれたがコロナ禍で再来しつつある。

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筆者・白鳥和生の新著『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』(プレジデント社)が2022年10月31日に発売されます。ご興味のある方はお手にとっていただけると幸いです。